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【暮らし】

<いのちの響き>ダウン症の店長「やっちゃん」(上) みんなの応援で夢実現

カフェの店長を務める「やっちゃん」こと森川靖子さん(中)。母親の和世さん(左)、父親の捷雄さん(右)と店を切り盛りする=名古屋市昭和区で

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 竹ようじの先に、茶色い絵の具のようなチョコシロップをちょん、ちょんとつける。キャンバスは、マグカップの中にふわっとたった白い泡。くりっとした目玉を二つ、慎重に描く。現れたのは、雨降りの天気に合わせてカタツムリ。温かみが増したカフェラテに、お客さんの頬が思わず緩む。

 ここは名古屋市昭和区の住宅街にある「ガーデンカフェ やっちゃんち」。「やっちゃん」こと森川靖子さん(33)はダウン症で、お金の計算もおしゃべりも苦手。時々、飲み物四杯で「一万二千円」と間違えてしまう。そんな時はお客さんが「違うよ、千二百円だよ」と教えてくれる。でも、絵を描くのは得意の一つだ。

 やっちゃんが長年の夢をかなえてカフェの店長になったのは三年前。母親の和世さん(67)、父親の捷雄(まさお)さん(70)と切り盛りする。お客さんは一日に、十人から多いときは六十人。三年で約二万人が訪れた。初めて来たお客さんには「お名前教えてください」と聞き、手帳に客の名前と人数を書き込む。伝票はすべて保管してあり、その数は段ボール二箱分。和世さんが捨てるように言っても、やっちゃんは「大事なものだから」と許さない。

 カフェの店長を夢見たのは高校一年生の時。和世さんが看護師として働いていた病院の喫茶店で、夏休みの実習でコップ洗いをしたのがきっかけだ。店長やお客さんが「上手だねえ」と褒めてくれたのがうれしかった。捷雄さんは長らく単身赴任で、和世さんは毎日を乗り切るのに必死だった。「喫茶店を開きたい」と言うやっちゃんに、「そうね、いつかね」と受け流していた。

 特別支援学校の高等部を卒業後、やっちゃんは和世さんと同じ病院に障害者枠で採用され、新生児集中治療室の看護助手として働き始めた。シーツをたたんだり、哺乳瓶を洗ったり。周囲とうまくコミュニケーションがとれずに、ナースステーションの陰でこっそり泣くこともあった。それでも、ずっと働き続けた。

 一生懸命、病院で働きながらも喫茶店の夢は忘れなかった。友達や同僚、親戚が集まった二十五歳の誕生日会では、カウンター付きの店の見取り図を描いて披露した。いつしか捷雄さんは「やっちゃんが十年働いたら、喫茶店を開こう」と約束するように。平屋で庭付き、バリアフリーの内装。自宅近くに理想的な一軒家の貸家が見つかったのは二〇一四年。やっちゃんの貯金を開店資金に充てて、カフェはその年の六月にオープンした。

 近所の人が開店前から庭の手入れなどを手伝ってくれ、オープン後も食器洗いなどを助けに来てくれた。昨年九月に和世さんが体調を崩して約一カ月入院した時も、「やっちゃん応援団」の力で乗り切った。

 「ここは、みんなの力を借りて運営しているカフェ。だから赤ちゃんからお年寄りまで、誰もが気軽に来られる場所にしたい」と和世さんは話す。「誰でも来られる」という言葉通り、ダウン症の子どもを持つ母親たちにとっても、心の支えとなっている。 (細川暁子)

<ダウン症> 染色体の突然変異によって起きる生まれつきの症状。正式にはダウン症候群。精神や運動機能の発達の遅れ、知的障害、心疾患、耳や目の障害などが表れる。800人から1000人に1人の割合で生まれるとされる。

 

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