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【暮らし】

<いのちの響き>盲ろうを生きる(上) 触れる手話が親子結ぶ

怜南ちゃん(中)の両手を取って「ちょうだい」の手話の練習をする内川浩子さん(右)と竜治さん=広島市で

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 目と耳の両方に障害がある「盲ろう」。人間は九割以上の情報を目と耳から取り入れるといわれており、その双方に障害があるのは大きなハンディだ。とりわけ、幼い子どもたちにとっては、言葉や文字を覚えたり、両親の顔や声を認識したりするため、発育にも直結してくる。それでも、周囲の大人たちは、そうした子どもたちと触れ合う中で関係を築き、成長を支えている。 (添田隆典)

 「れいちゃーん」。広島市の主婦、内川浩子さん(31)の大きな掛け声に、居間で寝転がっていた長女怜南(れいな)ちゃん(3つ)の動きがぴくりと止まる。でも、怜南ちゃんがママに呼ばれたことを理解して反応したわけではない。怜南ちゃんは、目があまり見えず、耳もはっきり聞こえない障害があるからだ。

 異変が見つかったのは生後すぐだった。左目がうまく開かず、視線も合っていない。詳しく検査したところ、顔のすぐ前にある物でもぼんやりとしか見えない弱視と診断された。加えて、別の機会に実施した聴力検査で、大声に反応はするが、補聴器を着けても音を識別して言葉として理解するのは難しいことも分かった。

 「出生児にまれに起きる遺伝子の変異が原因のため、治療のしようがない」。浩子さんは、主治医にこう伝えられた。ほほ笑みかけても反応のない怜南ちゃんを育てるのに、喜びをどこに見いだせばいいか分からなかった。

 発達に心配のある子どもを総合的にケアする「子ども療育センター」に一歳半から通ったが、そこでも壁にぶつかった。怜南ちゃんは肢体不自由児の教室に在籍。三歳になっても歩くには手すりが必要なため、浩子さんと会社員の夫竜治さん(31)が「まずは独り歩きできるように」と希望してのことだった。でも、教室の幼児九人のうち盲ろうは怜南ちゃんだけ。絵本の読み聞かせの時間などでは周りが何をしているのかも分からず、一人ぼんやり座っているしかなかった。

 浩子さんは、何とか自分の存在を伝えようと、怜南ちゃんと自分の頬をくっつけたりもした。全国に盲ろう者やその家族の会があるのを知り、勉強会にも参加した。盲ろうの人たちが互いの手話を手で触り合って、言葉を交わしているのを目にした。「やっぱり触れ合うのが大事なんだ」。その思いを強くした浩子さんは、自ら手話を学び始め、実践するようになった。

 まず、ミルクの時間は「ちょうだい」の手話をするのが日課となった。哺乳瓶を口に持っていく前に、怜南ちゃんの上に向けた手のひらを、ポンポンと二回重ねる。おなかがすいてぐずりそうなときも辛抱強く続けると、二週間を過ぎたころ、自分からかすかに両手を重ねるしぐさを見せた。

 「ミルク欲しいんだね?」。それまでは泣くことでしか自分の意思を伝えられなかったのが、初めて言葉でやりとりができたみたいで、浩子さんは怜南ちゃんの頬を両手でなでて何度も褒めた。

 内川さん夫婦は、怜南ちゃんが独り歩きできるようになったら、地元の盲学校に入れようと考えている。物に触れて覚える方法は視覚障害児にも共通するからだ。学校に相談したところ、個別指導に前向きな返事ももらった。ただ、聴覚にもハンディのある盲ろう児を専門的に受け入れる態勢があるわけではない。

 「親身になってくれる先生に巡り会えるといいんだけど」。怜南ちゃんの言葉の世界が広がれば、親子でもっと喜びを共有できる。一方でそのために適した教育がどれだけ受けられるか。浩子さんには期待と不安が入り交じる。

胸をくすぐるジェスチャーで永島隆聖君(左)を褒める岡沢治樹教諭=東京都世田谷区の久我山青光学園で

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◆教育現場 手探りの指導

 全国盲ろう者協会(東京都新宿区)が二〇一二年度に実施した調査によると、視覚と聴覚両方で障害者手帳を交付されている人は全国に約一万四千人。障害を届けない人もおり実際はもっと多いとみられるが、このうち二十歳未満は百七十八人で、十歳未満は五十九人だった。

 人数が比較的少ないこともあり、全国に盲学校やろう学校はあっても、盲ろう児を対象にした専門の教育機関はない。盲ろう児教育に詳しい国立特別支援教育総合研究所(神奈川県横須賀市)の星祐子上席総括研究員(59)は「盲学校やろう学校、あるいは最寄りの特別支援学校に通っている」と話す。

 特別支援学校「東京都立久我山青光学園」(世田谷区)の岡沢治樹教諭(30)は、中学部二年で盲ろうの永島隆聖君(14)を受け持つ。当初はコミュニケーションの取り方にも戸惑ったという。

 永島君は、姿や声では目の前にいるのが誰か分からない。そこで、岡沢教諭は同じ腕時計をいつも身に着け、それに触れてもらってから接することで、「腕時計の人=岡沢教諭」という認識を定着させた。

 手に持つのが好きなブラシを渡すときも、永島君がブラシを意味するサインを出せたら手渡す。一緒に、岡沢教諭と本人の胸に交互に永島君の手を当てることで、「サインが伝わったよ」と知らせる。今では「ご飯」や「トイレ」、「終わり」など十五個ほどの手話を発信できる。「共感し合える関係が築けたことで、言葉の理解が進んだ」と岡沢教諭は話すが、手探りでの指導が続く。

 星研究員は「適切な教育を提供できるかは、受け持ちの教諭の努力や熱意に委ねられる部分が多い」と言う。現在の教員養成課程ではこうした子どもが想定されておらず、専門的な指導方法を学ぶカリキュラムがないからだ。各学校でも盲ろう児が入学してくること自体限られるため、教え方や接し方が蓄積されていかないといった問題もある。

 こうした状況を変えるため、〇三年には全国盲ろう教育研究会が設立され、保護者や教諭が集まって情報交換や研修の場を毎年、提供してきた。ただ、どの学校に盲ろう児がいるのか把握が難しく、盲ろう児を担任する教諭たちのネットワークには限りがある。

 そこで、国立特別支援教育総合研究所では本年度、盲ろうの子どもたちの実態調査を十九年ぶりに実施している。在籍校だけでなく、教諭が必要と感じる支援なども把握する。

◆卒業後の暮らし 働ける場所、確保は困難

 学校卒業後、盲ろう者たちはどのように暮らしているのか。全国盲ろう者協会の12年度の調査によると、日中を家庭内で過ごすと回答した人は全体の7割近くに上った。

 とりわけ、30代以上では、いずれの年代も「家庭内」が最も多く、70代では約77%。星研究員は「加齢に伴い目と耳の障害が重くなり、盲ろうになる人は多く、その場合、外出できずに家にこもるといった問題が起きやすい」と指摘する。

 働く場を見つける難しさもある。就労支援施設を含む通所サービスで過ごすと回答した割合は20代では4割だが、30代〜50代では1割から2割台。同協会の橋間信市事務局次長(49)は「盲ろう者とコミュニケーションを図れる態勢が整った施設自体、限られている。本人に意欲があっても受け入れが難しいのが現状」と話している。

 

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