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【暮らし】

<いのちの響き>盲ろうを生きる(下) 当事者の実態 発信する

筑波大付属盲学校小学部時代に、指文字に触れながら学習する森敦史さん(左)=星祐子さん提供

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 生まれつきの目と耳両方の障害を乗り越え、筑波技術大大学院(茨城県つくば市)に進んだ森敦史さん(26)。「生活のすべてが言葉を身に付けるすべになる」。そう最初に教わったのは、地元岐阜市の難聴児通園施設「みやこ園」に通った幼少期だった。

 例えば、園で遊んでいるときに他の園児におもちゃを持ち去られても、盲ろうの森さんには分からない。そこで、当時の園長伊藤泉さん(76)は、わざとおもちゃを横取りし、森さんがしかめっ面をしたときに、「悔しい」と手話で伝える方法を教えた。

 家庭では母貞子さん(57)が先生役。洗濯物を取り込むときは、大小のイメージをつかんだ。貞子さんは、取り込んだ森さん本人と家族のシャツをそれぞれかぶらせて、「僕、小さい」「お父さん、大きい」と森さんの手を取って身ぶりで繰り返し伝えた。

 「料理」という行為があることを理解させるため、けがを覚悟で包丁で野菜を切らせたこともある。「とにかく触って体験させないと」。貞子さんは食べ物や日用品を表す身ぶりを教え、一人で表現できるようになると、簡単な手話や五十音を指の形で表す指文字に置き換えた。

 卒園時に表現できる手話や指文字は、身の回りの物を中心に約百五十個になった。聴覚だけの障害だと、同じ年齢で約二千個を覚えるといわれるのに比べれば少ないが、この蓄積が点字の学習に生かされていく。

 森さんが最初に点字を学んだのは、岐阜市の岐阜聾(ろう)学校小学部一年のときだった。話し手の手を触れば手話が分かるため、ろう学校を選んだが、「教科書での学習ができるように」と、付き添い指導をした教諭の今枝みどりさん(49)が中心に取り組んだ。

 今枝さんは、森さんを教えるために自分で盲学校に通って点字を学び、一文字ずつ指文字に置き換えて理解を助けた。持ち物や自宅の家具には、その名前を点字で書いたシールも貼った。いつでも点字に触れられる環境の中、二年生になるころには点字タイプライターで「あつし」と名前が打てるまでになっていた。

 五年生になると、点字学習を深めるため、筑波大付属盲学校(現同大付属視覚特別支援学校、東京都文京区)に転入した。そこでも鍵は「触る体験」。森さんは「から」や「まで」などの助詞を使った表現が苦手だった。担当教諭だった星祐子さん(59)は、鉄道模型で駅と駅の間を行き来させることで、そうした表現にもなじませ、点字での文章力を磨いた。

 外の世界が広がると、自分の障害も自覚するようになった。すると、ある欲が芽生える。「同じように見えなくて聞こえない人がいるなら、役に立ちたい」。福祉を学ぶため大学を選んだのは自然な流れだった。

 ただ、講義を理解するためには手話通訳が欠かせない。東京近郊の大学にあちこち問い合わせたが、森さんのために通訳支援を準備すると回答したのはわずか二校。それでも、高等部の卒業を一年延ばし、受験に備えた。点字での小論文と面接試験に合格し、ルーテル学院大総合人間学部(東京都三鷹市)に入学。障害のない学生に交じって六年かけて卒業した。

 森さんはいま、大学院で学ぶかたわら、講演会で自身の経験を手話で語っている。盲ろう者は、その障害ゆえに社会との接点が作りづらく、実態が伝わりにくい現実がある。だから、「盲ろう者がどう生きているのか、当事者の言葉で発信していきたい」。それが、扉を開いてくれた親や恩師に報いることだと思っている。 (添田隆典)

 

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