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【暮らし】

<家族のこと話そう>厳しい母 根性を尊敬 バイオリニスト・NAOTOさん

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 バイオリンに出合ったのは三歳のころ。ピアノ教師だった母が、友人のお子さんのバイオリン教室の発表会に、僕を連れて行った時のことでした。

 会場では、四、五歳ぐらいの子どもたちがみんなバイオリンケースを抱えていて、ケースにはドラえもんや車や飛行機の刺しゅうが入ったカバーをかけていました。ぼくは「いいなあ。あのかばんが欲しいな」という動機で、バイオリンをやりたいと言い始めたんです。

 母は、僕に音楽をやらせたいとは思っていなかったようです。自分が音楽大学を出ていたので、音楽で食べていくのが大変なことだと分かっていたのでしょう。父は普通のサラリーマン。バイオリンをやらせる経済的余裕もなかったと思います。

 でも、近くに住んでいた母方のおばあちゃんがすごく甘くて。僕が「バイオリンが欲しい」と言うのを聞いて、買ってしまった。喜んでいる僕を見て、母も「せっかくだから」と教室を探しました。母は、やるとなったら、何事もとことん本気でやる人です。もれなく母による厳しい練習もついてきました。

 家の練習はきつかったですが、教室の先生がすごく優しいおじいちゃんで、毎週先生に会うのを励みに練習しました。母はバイオリンは未経験でしたが、レッスンで先生に言われたことを一字一句ノートにとり、分からないことは自分で勉強して、僕に伝えようとしました。

 家の練習では、音やリズムを間違えると、母に容赦なく怒られて怖かったです。休日も朝起きて夜寝るまでバイオリン漬け。だから休みが嫌で、夏休みとかは本当に休みにならないでほしいと思っていたくらいです。母にほめられたことはありません。コンクールで一番になれなかったのが不満だったようです。

 一方、父は音楽の素人。たまに会社から早く帰っても、僕がバイオリンをひいていると、邪魔しないように家に入らず、パチンコで暇をつぶす時期もありました。バイオリンの音も、母が激怒している声も聞いていられなかったのでしょうね。

 父は定年退職し、今はプール通いなどを楽しんでいます。母は五十代後半から、しの笛を始めて、名取をとりました。国立劇場で演奏した時は、ちょっとおもしろかったですよ。僕には「毎日練習していれば、緊張なんかしないわよ!」と言っていた母が、舞台に出てきた瞬間、震えているのが分かりましたから。

 母は何事にも全力投球。とてつもない根性で、尊敬に値します。母がいなかったら、今のぼくはなかったでしょう。母というより同志という感じです。

 聞き手・砂本紅年/写真・圷真一

<なおと> 1973年、大阪府生まれ。東京芸術大卒業。クラシックからポップスまでジャンルにとらわれない演奏で人気。テレビドラマ「のだめカンタービレ」の吹き替え演奏、楽曲提供などで注目を浴びる。今年4月、アルバム「Gift」を発表。11月18、19日に東京、12月25日には大阪でライブを開く。

 

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