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【暮らし】

<いのちの響き>医療的ケア児の家族(下) 泣き声聞ける日々 感謝

入院していた美祈ちゃん(中)。昌彦さんは育児のために仕事を辞め、母親の由子さんが働いて一家を支える=愛知県内の病院で

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 四日ぶりに、泣きながら病院の集中治療室(ICU)から出てきた夏目美祈(みのり)ちゃん(2つ)。父親の昌彦さん(36)=愛知県幸田町=は腕にしっかりと一人娘を抱き締めた。傍らには看護師の母親由子さん(39)。「無事帰る」の願を懸けて、美祈ちゃんに持たせていたカエルのぬいぐるみを手に握り締めていた。

 美祈ちゃんは、染色体に異常がある先天性疾患で、一歳までに亡くなる子が多い「18トリソミー」がある。二月に二歳を迎えたが、先月上旬、ICUに運び込まれた。

 異変に気付いたのは、夜勤明けで朝、自宅に戻った由子さん。風邪気味だった美祈ちゃんが、いつもより苦しそうに呼吸をしていた。病院で検査を受けると、血中の二酸化炭素濃度が高く酸素とのバランスが悪いため、呼吸がうまくできていなかった。

 医師からは、放置すると呼吸不全になるためICUへの入院が必要だと言われた。二酸化炭素を排出するため口から管を挿入する必要があるが、抜管する時に呼吸が止まってしまう危険性があるとも説明された。

 もともと、由子さんは出産前から医師に「生まれても生きられる可能性は10%」と言われていた。それでも体重一七〇〇グラムの未熟児で生まれた美祈ちゃんは、二年で約七キロまで成長した。だが、入院は今年に入り三回目。初めて入るICUを見ると、悪いことしか考えられず病室で声を上げて泣いた。もしかしたら、最後かもしれない−。人工呼吸器を付けて、ぐったりしてICUに入る美祈ちゃんを動画で撮影した。

 帰宅後、いつもは親子三人で寝るベッドに美祈ちゃんはおらず、家は静まりかえっていた。美祈ちゃんは寝苦しがって、夜中に何度も泣く。ローテーション勤務をこなしながら働く由子さんは、熟睡中に起こされる日々を「しんどい」と思ったこともあった。でも、この夜は泣き声が恋しかった。

 普段、家で美祈ちゃんの世話をしているのは昌彦さんだ。看護師として勤めていた病院を、美祈ちゃんが一歳になる前に辞めた。美祈ちゃんのように、鼻の管から栄養剤を入れる「経管栄養注入」や「たん吸引」などが必要で、日常的な援助行為を要する子どもは医療的ケア児といわれる。二〇一六年の児童福祉法改正で、各自治体に保育や教育を支援する努力義務が課されたが、ほとんどの場合、家族が付きっきりで世話している。

 美祈ちゃんも、日常的な支援が必要だ。由子さんの育児休業期間が終わる前に夫婦で話し合い、収入が多い由子さんが働くことになった。昌彦さんには、働いてこそ一人前だという男のプライドや迷いもあった。それでも「美祈はいつまで生きられるか分からない。少しでもそばにいたい」と育児と家事を担うことを決めた。

 だが、美祈ちゃんと二人きりで過ごす日中は感染症が怖くてほとんど外には出られない。話すことも、歩くこともできない美祈ちゃんとの日々に息詰まり「自分がしていることは、子育てなのか、延命なのか」「いつまで、こんな生活が続くのか」と思ったことさえあった。でも同じことを繰り返す日常が一番尊いのだと、美祈ちゃんのいない生活で気づいた。

 四日間の入院で美祈ちゃんの呼吸は安定。抜管は無事に成功した。ICUから大きな泣き声とともに戻ってきた美祈ちゃんを見つめながら、昌彦さんは思った。「子どもの泣き声は、こんなにもありがたいものだったのか。生きていてくれれば、それでいい」 (細川暁子)

 

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