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【暮らし】

「ただめし」で人の縁結ぶ 東京・神保町 客も働く「未来食堂」

店主の小林せかいさん。理系の世界から飛び出し「誰でも受け入れられる食堂」を目指す=東京都千代田区で

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 お客が店主と一緒に働く一風変わった定食店がサラリーマンや学生でにぎわう東京・神保町にある。店の名は「未来食堂」。五十分働けば一食九百円の定食がただになるほか、食べずに誰かに譲ることもできる。「人と人がつながる店」と評判が広がり、全国各地からお客が訪れている。 (花井康子)

 コの字形をしたカウンターの十数席だけの小さな店は、平日の昼時となると、七十人以上が訪れる。ランチメニューは日替わり一種類のみ。順番待ちの列から空いた席に着くと、わずか三十秒で温かい定食がテーブルに置かれる。

 鮮やかな手つきの熟練した大勢のスタッフが働いているように感じるが、切り盛りするのは基本、店主の小林せかいさん(33)だけ。「まかない」という店独自の制度を利用して、昼食代を浮かしたい、料理を学びたいといったサラリーマンや学生、主婦らが小林さんを手伝うからだ。

 まかないとは、一度来店すると、次回から皿洗いや配膳などの手伝いをすれば、お金を払わなくても定食を食べられるシステム。その日の状況に応じてまかない枠の数は決まるが、一枠五十分で、働いた枠の数だけ定食を食べる権利を得られる。調理は、事前に衛生検査を受けた人に限っている。自分で食べずに権利を「ただめし」として人に譲ることもできる。出入り口近くの壁には、数枚のただめし券が貼られており、時折、若手サラリーマンや失業中の人らが他の誰かが貼った券を手にする。

入り口横の壁に貼られた「ただめし券」。50分働いた人が誰かのために残していく=東京都千代田区で

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 東京都板橋区の主婦積田寛美さん(56)は、子ども向けの料理教室など食に関する催しを開きたいと、十回以上、まかないに通った。洗い物や炊飯のほか、定食の下ごしらえも任される。使わなかった券には、その日にやった内容を書き込んで壁に貼る。「私が下ごしらえをした食材が、別の人が働いているときに使われ、私が働いた分で誰かのおなかを満たすことができる」。相手の顔は直接見えないけれど、店を通じてつながっていると実感している。

 埼玉県草加市の元教員金谷裕一さん(28)は、飲食店開業を目指している。二枠まかないをして一食は自分で食べ、もう一食分はただめし券にした。「人と人との触れ合いを感じられる」と、店の魅力を話す。

 小林さんは元IT系企業のエンジニア。料理を同僚に振る舞ったところ好評で、飲食店開業という長年の夢への挑戦を決意した。一年半、複数の飲食店で修業し、開業にこぎつけ「来た人との縁が切れないように」と、まかないやただめしのシステムを考えた。

 開店二年でまかないをしに来た人は延べ五百人以上。制度におもしろみや新たな可能性を感じて、東海や関西など他地域から来店する人も少なくない。一見、まかないは店のボランティア活動のようにも見えるが、客はお金でなく時間と労働力という形で代金を払っている。ただめしも、まかないで得た権利が譲られているだけ。だから、店は毎月黒字だ。

 小林さんは「お金がない人も開業を目指す人もすべて受け入れる。人がつながり感動できるシステムで、その上で、もうけを出しているのでビジネスとして成立している」と話す。独自の制度でさまざまな人がつながり、未来が少し切り開かれる店。まかないは、その店の経営を支える力にもなっている。

 

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