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【暮らし】

高齢者「セルフネグレクト」に着目 周囲で連携 ごみ屋敷解消

散乱したごみを処分するボランティアたち=名古屋市内で

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 各地でたびたび発生する「ごみ屋敷」の問題。認知症などで身の回りのことができなくなった上、他人の支援も嫌がる「セルフネグレクト」に陥った結果が多いとされる。国の推計(二〇一二年公表)では、この状態の高齢者は最大一万二千人。今後、こうした高齢者の増加とともにごみ屋敷も多発すると懸念される中、名古屋市で周囲が連携して解決した事例があった。 (諏訪慧)

 名古屋市内の一軒家。今年二月、同市昭和区の認知症専門のデイサービス「あつまるハウス駒方」所長の皆本昌尚さん(43)が呼び鈴を押すと、リョウコさん(82)=仮名=がおそるおそる玄関の扉を開けた。真冬なのに裸足で、足は黒く汚れていた。

 家の中をのぞくと、リンゴやミカンの入ったポリ袋が放置され、腐臭が漂う。庭にあふれ出すまでにはなっていないが、「室内はごみでいっぱいだろう。このままでは大変だ」。皆本さんは感じた。

 「一日に二度、三度とスーパーを訪れては、卵や刺し身じょうゆなど同じ物を買うお年寄りがいる」。皆本さんが初めて、リョウコさんのことを聞いたのは一月下旬。レジでお金が足りず、店員を困らせることもあるという。認知症の人に現れやすい行動だ。

 十年以上前に夫に先立たれ、一人暮らし。子どもはなく親しい人は近くにいない。地域包括支援センターの職員が「介護保険サービスを利用して生活を安定させたい」と四カ月前から働き掛けたが、リョウコさんは拒絶。そこで、介護職員向けの勉強会で講師を務める皆本さんに相談が持ち掛けられた。

 戸口でけげんな表情を浮かべるリョウコさんに「うちへ来れば、自分で作るより安くお昼が食べられる」などと誘い、約二週間後、ハウスへ通い始めた。

 服は毎日、パジャマの上に黒っぽいコートだったのが、春ごろから変化が表れた。「気持ちいいよ」と他の利用者に誘われ、ハウスで入浴するように。服の洗濯を頼み、入浴に合わせて服を替えて指輪などおしゃれにも気を使い始めた。

 やがて「食べ物が余っとる。持ってきゃあ」と言うようになった。皆本さんは、自尊心を傷つけないよう「お言葉に甘えようかな」と、送り迎えの時などに少しずつ受け取った。もらった卵は計二百パック近くあったが、ほぼ全て賞味期限が過ぎていた。特定のメーカーの八枚切りの食パンも大量に引き受けた。

 ハウスに通い始めて一カ月ほどたったころ、「もっとたくさん持ってきゃあ」と、初めて家に通された。案の定、床は飲みかけのペットボトル飲料や卵などで足の踏み場もないほど。階段はトイレットペーパーやキッチンペーパーで埋まっていた。

 「夏になると食品の傷みが早くなる」と、大掛かりな片付けを提案した。初めは知らない人を家に入れるのを嫌がったが、「あんた(皆本さん)の知り合いなら、ええよ」と納得した。

 認知症サポーター養成講座を受けたことがある知り合いらと十人余りで七月に二回、片付けを実施。偏見を持たれてはいけないと、近所への声掛けはしなかった。廃棄した食品は、四十五リットルのごみ袋で計百五十袋ほど。賞味期限の切れたしょうゆやみりんも二百本近くあった。

 「『助けてあげる』という“上から目線”にならないよう気を付けた」と皆本さん。最初に気付き、情報を寄せたスーパーの存在も大きかったという。

 今では、ハウスの昼食作りを手伝うのがリョウコさんの日課。皆本さんが「手際いいね」と声を掛けると、「年齢の分だけ経験が多いから、当たり前だわ」と笑みを浮かべる。

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◆対応に乗り出す自治体も

 セルフネグレクトの人をいかに発見、支援し、生活を安定させるか−。全国で共有されている仕組みはなく、多くの場合、自治体や地域に根気強く柔軟に“お節介”を焼く人がいるかどうかにかかっているのが現状といえる。しかし、ごみ屋敷に対応したのをきっかけに、セルフネグレクトの問題を認識し、粘り強い支援態勢を整える自治体もでてきている。

 「強制的に片付けても解決にならない。ごみ屋敷化した原因に目を向けることが大切だと気付きました」。東京都足立区生活環境保全課の祖伝(そでん)和美課長は強調する。

 足立区は二〇一三年、全国で初めて、ごみ屋敷のための条例を施行。処分費用を支援したり、片付けに協力した地域住民に謝礼金を支払ったりする内容だ。

 以前はごみが道路にはみ出している場合と、ごみから害虫が発生した場合で、担当部署が違い、連携が不十分だった。その反省から、条例施行に先立ち専門部署も新設。これまでに二百五件の相談を受け、百三十三件を解決した。

 強制的にごみを処分する行政代執行という手段もあるが、大がかりになり地域で目立つと家人を孤立させてしまう恐れがある上、根本的なごみがたまる原因も解消されない。条例施行以降、同区は代執行を実施しておらず、解決した案件は全て話し合いによる。介護保険サービスなどを使って暮らしを落ち着かせ、再発を防ぐ。

 手間と時間はかかる。条例ができる前、七十代女性と子ども二人が暮らす古い家の近くの住民から「手入れされていない庭から、木の枝葉がはみ出して危ない」と苦情が寄せられた。

 調べると、一家は水道が止められ公共施設でペットボトルに水をためて生活するほど困窮していた。庭には生ごみが捨てられ、小山のようだった。女性は精神的に落ち着きを欠いている様子で、職員は「二度と来るな」と怒声を浴び、生活保護を勧めても拒まれた。

 祖伝課長が別の職員から担当を引き継いで半年ほどたったころ、世間話から少し心を開いてくれるように。ごみの分別や集積所の掃除などの当番ができず、「集積所を使うな」と言われて地域から孤立。捨て場所に困って、庭や別の集積所に捨てていたという。

 「いつでも行くので、困ったら電話を」。毎回、置き手紙もすると、しばらくして子どもから「あと一万円しかない」と助けを求める連絡があった。

 一家と話し合い、自宅は助成金を使って解体。その業者選びも付き合った。一家はアパートへ転居し、生活保護や介護保険サービスを受けて暮らす。子どもは後に「一回だけ電話し、冷たくあしらわれたら自殺するつもりだった」と話したという。苦情が寄せられてから、安定した生活を送れるよう整うまで二年かかった。

 「公平さ」が重視される行政サービス。当初は「やりすぎではないか」と抗議もあったというが、最近は聞かなくなった。祖伝課長は「定着し、区の誇りだと感じている人が多いと思う」と話す。

 ごみ屋敷に対応する条例は、横浜市や京都市などがつくり、名古屋市も十一月の市議会に条例案が提出される予定。同市の担当者は「無理やり処分しても、再発する可能性が高い。根本的な問題を解決するような仕組みを作りたい」と話している。

◆市町村に専門の窓口を

<セルフネグレクトに詳しい東邦大の岸恵美子教授(公衆衛生看護学)の話> 家族らが介護を放棄すれば、市町村は高齢者虐待防止法に基づいて対応するが、身の回りのことを自分で放置するセルフネグレクトは防止法の対象外。全国一律の制度をつくるには、法律で支援対象と位置付け、市町村に専門の窓口を設けるべきだ。認知症の他、家族の死などつらい出来事を契機に陥る可能性もあり、決して人ごとではない。

<セルフネグレクト> 日本語で「自己放任」。自分で健康や衛生管理ができず、他者による医療や介護なども拒否する。地域から孤立していることが多く、実態の把握が難しい。高齢者だけでなく、若年層にもいるとされる。

 

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