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【暮らし】

<なくそう長時間労働>「トラック野郎は今」編(上) 稼働31時間 残業手当は空白

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 電通社員の過労自殺やNHK職員の過労死を機に、ますます解消に向けた取り組みが強化される長時間労働問題。だが、その流れに取り残されそうな業種がある。運送業だ。働き方改革で政府が打ち出した「残業上限月百時間」でさえ、運送業は建設業とともに適用を先送りされた。かつては「仕事はきついが、がっぽりもうかる」とも言われた運送業。そんな「トラック野郎」の今を三回にわたって伝える。 (三浦耕喜)

 「休みなく働かなかったら家族を養えなかった。でも、そのせいで家族とのつながりも築けなかった。妻が去ったのも、そのせいだったのか…」。愛知県一宮市に住む元トラック運転手の男性(56)は、脳梗塞のために動かしづらくなった右手をさすりながら話した。

 この業界に入ったのは十八歳の時。シリーズとなった映画「トラック野郎」が大ヒットした直後。菅原文太ふんする「一番星桃次郎」と、その相棒、愛川欽也が演じる「ジョナサン」がトラック野郎のイメージだった。

 きらびやかに電飾した「デコトラ」で日本中を疾走し、大いに稼いで大いに遊ぶ桃次郎。ジョナサンは子だくさんの一家をハンドルひとつで養っている。映画はそんなトラック野郎たちを描いている。

 映画の脚色はともかく、実際に待遇は悪くなかった。二十歳そこそこの「若造」でも、手取りで月三十万円稼いだ。「仕事はきつかったが、やりがいがあった」と男性は振り返る。

 だが、それから三十数年。工場の海外移転による需要減なども背景に業界も過当競争の時代に。男性も同業他社に転職せざるを得ず、その間に給料は手取り二十数万円に減った。

 仕事はむしろきつくなったように思う。発病した時は大手流通企業の下請けで各地の物流センターに商品を運んでいた。受け入れ側の都合から、走るのは夜間が中心。午後二時ごろに出勤し、指定先で荷を積み込み、別の指定先で荷を降ろす作業を繰り返す。

 時間通りに作業が進むことはまれだ。待機時間を経て業務が終わるのは、日付をまたぐころ。作業が遅れれば、自宅に帰らず、運転台の後ろで仮眠を取った。

 そんな働き方が五年ほど続いた二〇一三年十二月、起きようとしても体が動かなくなった。救急搬送され、脳梗塞と判明。右半身が動かなくなった。

 仕事はできなくなった。二人の子どもは独立していたが、妻からは別れを切り出された。自宅も手放し、今は市内のアパートで一人暮らしをしている。

 「仕事で疲れ切った末の発病。過労は明らかだ」と男性。だが、労災申請は認められず、男性は現在、国を相手に裁判で争っている。

 残業代未払いをうかがわせる資料も集めた。一日は二十四時間しかないのに、「稼働時間三十一時間」と書かれた日報。なのに、給与明細の時間外手当の部分は空白となっている。

 長時間労働に疲弊している現在の「トラック野郎」たち。この行く末はどうなるのか。現役のトラック運転手で、労組の活動を通じて彼らの相談に乗る「運送労働アドバイザー」の梅木隆弘さん(48)は言う。「かつて、トラック運転手は何があろうと『体ひとつあれば家族を養える』職業だった。さまざまな業種の中で、『最後のセーフティーネット』だった」

 「ここが今、破られようとしている。日本は『ものづくり』で栄えたが、やがて『つくったものが運べない』国になりかねない」。そう警告する梅木さん。その現場のひとつとして、都内のとある埠頭(ふとう)に記者を案内した。 (次回は十一月六日)

 

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