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【暮らし】

<家族のこと話そう>道見極め歩む息子ら 経済学者・暉峻淑子さん

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 私が大学の文学部に進学しようとしたとき、母は大反対でした。姉と同じように家政学部に行きなさい、お嫁のもらい手がなくなる、と。でも研究者だった父が「行きたいところに行けばいい」と言ってくれました。

 父は一九二〇年代末にドイツに留学し、多くの女性が男性と同じように勉強することに驚いたそうです。日本では良妻賢母が良しとされていた時代。彼女らに、なぜ勉強するのかと聞いたら「知ることが楽しいから」と言っていたそうです。

 私は希望通り文学部へ進みましたが、文学の題材である人間の幸福や不幸は、根本に貧困など経済の問題があると考え、経済学を勉強することにしました。親はまた驚いていましたが…。大学院を出て東京大の研究室で働いていたときに出会ったのが夫です。「職業を持つことを認める」を条件に結婚しました。

 息子二人を産んだ後も、ドイツなどの大学で客員教授をしました。単身赴任で、宗教心もないのに、毎晩「子どもたちが健康でいられますように」と神さまに祈って。しょっちゅう手紙もやりとりしました。でも、息子たちは羽を伸ばしているんだろうな、とも思っていました。

 一方、忙しくて悪かったなと思ったことも。小学六年の長男が野外教室から帰ってきたとき、東京駅へ迎えに行かなければならないのに会議で遅れてしまった。息子は重い荷物を持って一人で帰宅しました。電車賃は「ママが来られないことを考えて、お小遣いを残しておいた」。子どもって、親が考える以上のことを考えているんです。

 長男はピアノが好きで、音楽の道に進むよう先生から勧められていましたが、きっぱりと断り、大学は哲学科へ。高校時代から論評を書くなどしていた映画の道へ進み、監督もして、今は新聞に評論を書いたりしています。子どものころは寡黙で真面目だったので、先生に抵抗したときはびっくりしました。

 次男はずっとロックバンドでドラムをやり、先生とも衝突して心配だった時期もありましたが、英国の大学と大学院を出た後に「国際紛争を解決する仕事をしたい」と、海外で青少年の教育をする仕事に就きました。私が難民救援をやっていたのを手伝ってくれて、やりがいがあると思ったようです。八年ほど前に川崎市平和館の専門調査員になりました。

 子どもは親よりも将来を見通す目を持ち、社会の先を見ているもの。それに子どもって好きなことをしていれば、危ない道には行かないんだと思います。

 聞き手・竹上順子/写真・由木直子

<てるおか・いつこ> 1928年、大阪市生まれ。ベルリン自由大とウィーン大で客員教授、日本女子大教授などを経て埼玉大名誉教授。89年出版の「豊かさとは何か」(岩波新書)が大きな話題を呼んだ。「対話する社会へ」(同)、「サンタクロースってほんとにいるの?」(福音館書店)などの著書がある。NPO法人「国際市民ネットワーク」代表。

 

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