東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし > 暮らし一覧 > 12月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

<家族のこと話そう>両親の確執つらい思い NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事長・赤石千衣子さん

写真

 父、母、姉二人と私の五人家族で、東京で育ちました。父は岩手県出身で、祖父が早く亡くなり母子家庭でした。学校の先生に勧められて師範学校に進み、その後公務員になりました。母は専業主婦。母の父も戦前、内務省に勤めていました。

 両親の仲はあまり良くなかった。父は家の外では温厚でしたが、家庭では怒鳴る。酒を飲むと特にひどく、気に入らないことがあるとテーブルをつかんで震わせて怖かった。家庭内暴力(DV)に近い状況でした。

 けんかが終わると、ニコニコして家族の関係を修復するのが私の役目でした。そういう家庭なのに、外向けにはいい家族を装わなくてはならないのがつらかったです。そんな葛藤も影響したのか、私は大学を卒業する頃、どう生きていいのか分からなくなった。家を出て演劇の研究所に入って、仲間と生き方を探しました。

 「幸せな結婚をして、幸せな家庭を築く」という発想もなかったですね。そんな中、演劇を通じて知り合った男性と交際して息子ができました。ただ、彼とは「子どもを一緒に育てる」という話にはならず、私が産んで一人で育てました。息子がゼロ歳から小学生まで、共同保育所で育てました。小さい一軒家でした。専従の保育者として私もそこで働き、親同士で協力し合いました。そのころは月に十万円くらいで生活していましたね。

 市民活動を始めたのは、今から三十三年前。「児童扶養手当の切り捨てを許さない連絡会」に入ったのが最初です。その後、その団体が「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」になりました。

 両親は高齢になってから別居しました。両親ともに介護をしましたが、すでに他界しました。私は晩年の父には率直に意見を言っていました。父は明治以降の日本人にありがちだった立身出世が第一という人。でも、自分が家族を大切にすることは抜け落ちていたんでしょうね。

 私は葛藤の多い家族の中で、敏感に人の意向を感じ取って生き延びていましたから、人に合わせることはとても上手でした。そんな自分が嫌だった時期もありますが、今はそういう力も、人を支援するのに生きている気がします。

 シングルマザーの仲間と一緒に、相談、政策提言などの活動を長くしてきました。世間では、「家族はいいもの」と思っている人が多いと思います。しかし、その家族の中でつらい思いをしている人もいます。多様な家族を認め、自分の生きやすい家族の形で生きられることが大切だと思っています。

  聞き手・白井康彦/写真・七森祐也

 <あかいし・ちえこ> 1955年、東京都豊島区生まれ。東京大卒。2013年から、NPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」理事長。婚外子差別や貧困の解消などの活動をしている。著書に『ひとり親家庭』(岩波新書)がある。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報