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【暮らし】

<いのちの響き>地域移行のはざまで(3) 重い障害、施設が頼り

面会に訪れた父親の小林仁充さん(左)と散歩する娘の久子さん=愛知県春日井市で

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 「いちに、いちに」。木々の葉が赤く染まった愛知県春日井市の植物園の小道を、小林仁充(きみのぶ)さん(79)と長女の久子さん(53)がゆっくり歩く。父が娘を支えるように、親子で腕をしっかり組んで。

 久子さんには重い知的障害と、体幹機能の障害がある。話すことが不得手で、表情の変化もあまりない。一人で歩くとつまずいたり転んだりしてしまう。一年半前から植物園にほど近い障害者施設「養楽荘」で生活しており、仁充さんは毎週三回、会いに行っている。久子さんの脚のリハビリとスキンシップを兼ねた二十分ほどの散歩は、親子水入らずの時間だ。

 久子さんは、養楽荘に入る前、三十歳のころから市内の愛知県心身障害者コロニーで生活していた。一九六八年に県が開設したコロニーは、成人の入所施設に病院なども併設した総合福祉施設。仁充さんも「ここでずっと」と思っていた。

 しかし、障害者自立支援法が施行された翌年の二〇〇七年、県は成人入所施設の廃止を含むコロニーの再編計画を表明。障害児用の施設などを改築する一方、成人の施設は廃止し、入所者百四十人全員の地域移行を図る方針を明らかにした。

 久子さんは生後四十日で重い肺炎を発症。脳に十分な酸素が行き届かなくなり障害が残った。じっとしているのが苦手で、仁充さんが読みかけの本を破るなど、物を壊してしまうこともしばしばだった。

 高校教諭だった仁充さんは毎日、授業が終わると車で一時間かけて、リハビリに久子さんを病院に連れて行った。しかし、状態は上向かない。久子さんの妹二人もいる。「このままでは家庭が壊れる」。やむなく、久子さんが四歳のころ、障害児用施設に入って以来、施設を生活の場としてきた。

 だから、県のコロニー再編計画を知らされたときは、こう思った。「再び地域で暮らそうなんて、現状を知らない空論」

 実際、コロニーの成人入所施設の廃止が公表されて閉まるまでの約九年間に、グループホームに移った人は十四人のみ。百二十人以上はほかの施設を見つけ、入所する施設を替えただけだ。入所者の八割に重い障害がある。本人の希望を確認しづらい人が多い上、てんかんの発作などで見守りが必要で、職員が無理だと判断したケースもあった。

 久子さんも意思確認が難しい。仁充さんが様子をみながら転居先を考えた。グループホームも見学したが、家の中の移動にも介助が必要な久子さんには向かなかった。市内の別の施設を希望したが満室。同じように最後まで行き先が決まらない人は三十人余りいた。

 このため、地元の社会福祉法人がコロニー近くの県有地に、四十人規模の入所施設を整備することになった。それが、久子さんが現在暮らす養楽荘だ。その名前は、コロニーの成人施設から引き継いだ。

 仁充さんは、妻(78)が入院中のため、いまは自宅で一人暮らし。養楽荘に行った後はいつも妻を見舞う。久子さんを安心して任せられる施設があるからこそ、妻の看病にも専念できる。もしも自分に万が一のことがあれば、いよいよ久子さんのよりどころは施設になる。だから、地域移行を進め、施設を減らす動きには違和感をぬぐえない。

 「施設のおかげで救われている。そういう家族が現にこうしているんです」 (添田隆典)

 

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