東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし > 暮らし一覧 > 12月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

<いのちの響き>地域移行のはざまで(4) 一つ屋根で家族のように

グループホームで暮らす小沢節子さん(左)。一緒に住む山本清美さんを部屋に招いておしゃべりする=滋賀県東近江市で

写真

 毎日帰る「家」がある。自分だけの部屋がある。知的障害があり、小学校低学年から約四十年、施設暮らしだった滋賀県東近江市の小沢節子さん(56)にとって、それは当たり前のことではなかった。住んでいるグループホーム「明歌里(あかり)」は、障害者が施設を出て地域で暮らす「地域移行」で手に入れた居場所だ。

 ホームは二階建ての一軒家。天井が高く開放感にあふれ、ほんのり漂う木の香りが温かさを感じさせる。入居するのは節子さんのほか、知的障害がある三十代女性と五十代男性、知的と身体の障害がある五十代男性の三人だ。四人全員に個室がある。

 節子さんは、国が定める障害支援区分で二番目に重い「5」。自宅で親が介助して育てるのが難しく、七歳ごろ全寮制の施設に入所し、四十六歳まで社会福祉法人「蒲生野会(がもうのかい)」が運営する施設で暮らしていた。二〇〇七年に法人が地域移行を進めるため、グループホームを新築したのを機に、移り住んだ。

 平日は法人が市内で運営する作業所に通う。成年後見人の手を借りて、毎月、一級の障害年金約八万一千円と作業所の工賃収入二千五百円の合計金額から、家賃や食費、光熱費など約六万円を支払う。

 作業所には、午前八時半に迎えに来る法人のバスに乗って向かう。他のホームを経由し、午前九時前に到着する。担当する仕事は、はがきを作るため牛乳パックを細かくちぎる作業だ。同じ班の約十人で朝の会を開き、一日の流れや目標を確認する。仕事を終えてバスで帰宅するのは、午後四時半ごろだ。

 新生活を始めたばかりのころは、毎晩泣いた。相部屋でいつも周りに人がいる施設とは違って、しんとした部屋で一人で眠るのは不安でたまらなかった。しばらくは施設の職員らが一緒に寝ていたが、部屋のドアを開けたままなら一人でも寝られるようになった。

 男女別々のフロアだった施設では、トイレでもドアを開けっ放しだったが、男性もいるホームでは閉めなくてはならない。外出も月一回程度だったのが毎週のようになり、外でトイレに行く回数が増え、ドアを閉めることにも次第に慣れた。

 ホームでは、パート職員の「キーパー」たちが支援する。十二人が交代で泊まり込んで、夕方から翌朝まで入浴を手伝ったり、ご飯を作ったりする。特別な資格はないが薬を飲ませたり、病気になったときは日中も看病したりする。

 城野きみよさん(61)は、ホームができた当初からホームでキーパーをしている。「正直、責任も負担も重い。でも、以前は夜中に騒ぐなど不安定だった四人が、今は落ち着いてきた。その経過を見てきたので、これからも支えていきたいと思う」と話す。節子さんもすっかりホームでの生活に馴染んだ。「施設に戻りたい?」と聞かれると「いやや」とはっきり答える。

 午後六時。お風呂を済ませ、皆で夕食を食べる前、節子さんが一緒にホームで暮らす山本清美さん(31)を自分の部屋に招き入れた。清美さんは節子さんのことを「お姉ちゃん」と呼ぶが、節子さんは自分は清美さんの「お母さん」だと思っている。

 同じ施設にいたが、大人数だったため年が離れた二人が触れ合うことはほとんどなかった。それが十年一緒に暮らすうち、姉妹や母娘のように寄り添うようになった。「なでなで」。赤ちゃんの人形を膝にのせておしゃべりしながら、節子さんが何度も何度も清美さんの頭をなでた。(細川暁子)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報