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【暮らし】

<正月に食す>(1)松阪肉のすき焼き(三重県) 家族で囲むハレの日

鼻腔(びこう)をくすぐる松阪肉の香り。年に一度ぐらい、こんなすき焼きを食べてみたい=津市で

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 正月の料理といえば、おせち料理か雑煮が思い浮かぶ。でも三重県の知人らに尋ねると、返ってくる答えの多くは、すき焼き。それも、地元のブランド牛・松阪肉を年末に買い込み、家族や帰省した肉親らと一緒に鍋をつつくのが、正月の過ごし方の定番だという。

 年の瀬。そんな食文化を肌で感じてみようと、津市の松阪肉専門店「朝日屋」を訪ねた。入り口から買い物客の行列が数十メートルも延び、店内では霜降り肉が飛ぶように売れていた。

 精肉店が正月用の肉を買い求める客で混雑するのはもはや師走の“風物詩”。「朝早くから、折りたたみのいすを持ってきて並ぶお客さんもいます」。一八七八(明治十一)年創業の老舗松阪肉料理店「和田金」(同県松阪市)支配人の松田晃さん(49)は言う。いつから行列がつくられるようになったのかは定かでないが、「私が幼いころから並んでいたので、四十年よりも、もっと前からです」。

 松阪肉のすき焼きを正月に食べる習慣がなぜ生まれたのかは、はっきりしない。ただ、三重とすき焼きは深い縁があるようだ。松田さんによると、明治以降に広まったすき焼きは当初、ぶつ切りの肉をみそで煮込んだものが主流。味を良くするため、現在のような薄切りの肉を使い、たまりで味付けしたすき焼きを考えたのが「和田金」初代店主・松田金兵衛だったと伝えられている。

牛肉を買い求める客らで混雑する朝日屋の店内=津市北丸之内で

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 和田金では、料理の提供だけでなく肉も販売。松阪牛の肥育技術などを研究する三重県畜産研究所主幹研究員の岡本俊英さん(46)は「金兵衛さんが薄切り肉のすき焼きを考え、和田金が人気を集めていった。そのあたりも影響しているかもしれない」と話す。

 では、なぜ正月に食べるのか。三重の人たちに聞いてみると、「年に一度のぜいたく」といった声が多かった。「三重の人たちにとって、松阪肉は全国に誇れる存在。でも、ふだんは高くて食べられない」。三重の食文化に詳しい元三重調理専門学校長の大川吉崇さん(76)は話す。

 そんな秘められた欲求が、年に一度のお祝いのタイミングで一斉に解き放たれる、ということか。正月ぐらい、最高級の肉を家族で食べよう−。松阪肉のすき焼きは、食習慣の枠を超えた、ハレの日を精いっぱい楽しもうとする庶民の人情の表れかもしれない。

    文・河郷丈史/写真・大橋脩人

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 新たな一年の始まりを盛大に祝う正月の食卓は、それぞれの地域の風土に育まれてきた、ユニークな食文化の宝庫だ。生活部の記者が各地を訪ね、その歴史や余話、引き継ぐ人たちのストーリーを探った。

 

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