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【暮らし】

<私が選んだ道>(3)躁鬱病抱え 自殺防止活動する作家・坂口恭平(39)

「死にたい」と思う人からの電話を取り続ける坂口恭平さん=熊本市で

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 「死なない方がいいですか?」。電話の向こう側で若い女性がこう切り出した。声が弱々しい。「死なない方が、俺の場合はいつも結局、いいってことになっているね」。淡々とした口調で答えた。

 「『しみ』(坂口の小説)を読んだら落ち着いて、もう平気だと思ったんですけれど、最近また死にたくなって…」。鬱(うつ)病と摂食障害があるという女性が気持ちを打ち明けた。初めて坂口と会話するのに、口調は親しげだ。服薬はせず、仕事も続けているという女性に、「ちょっと休めってことだな。薬は飲まないで、やばかったら俺に電話ってことでやってみようか」と語りかけた。

 二〇一二年から、携帯番号=090(8106)4666=を著作やツイッターなどで公開し「死にたい」と思う人からの電話を受けている。各地で自殺防止のため開設されている「いのちの電話」の海賊版という意味で「いのっちの電話」と銘打つ。出られなければ折り返す。名前は聞かず、番号も原則記録しない。毎年約二千人からかかる。

 その肩書はひと言では表せない。建てない建築家で、最近は作家として数多くの小説を発表する。毎日、絵を描き、一月にはアルバムを発売し音楽界デビューを果たす。一一年から「新政府」の初代内閣総理大臣を名乗る。躁鬱(そううつ)病だと公表している。

 熊本市出身。建築を学ぶため早稲田大へ進んだが、土地に建物を固定する建築の仕事に違和感を感じた。「人間は土地を所有していいのか。なぜ生きるのに必要なのに家はこんなに高いのか」。そんな疑問を抱いていたとき、目に入ったのが隅田川沿いのブルーシートハウス。ホームレスの人たちは、都市で廃棄された資材を使ってお金がなくても豊かに暮らしていた。暮らしぶりを卒業論文にし、出版した。三万円で作れる車輪付きのモバイルハウスを考案するなど、資本主義の社会システムに疑問を投げかけてきた。

 社会に出てから躁鬱病が現れ始め、躁の時期に突っ走るように活動すると、鬱の時期が訪れる。「自殺したい」という感情が定期的にわく。景色が灰色がかって好奇心がなくなる。布団の中で身動きができない。「とにかくきつい」

 一一年三月、転機が訪れる。東日本大震災。政府が信じられなくなり、同年五月、東京から故郷の熊本市へ戻って概念上の団体「新政府」を樹立した。

 ツイッターなどで新政府での活動とともに、自分の躁鬱病について発信するうち、携帯電話にいつしか、同じように苦しむ人からの電話が入るようになった。

 「きつさ」から逃げるため文章を書く。思い付いたことをそのまま、ひたすら。心のうちにあるものを書いて定着させたら自分が変化していくのを感じる。書き終えると削って作品にする。「自殺しなくて良かった」と思う瞬間も訪れる。

 電話では「きついときに何かやることを考えた方がいい」と勧めている。文章を書いても音楽でも、絵画でもいい。発表する目的ではなく、ただ打ち込むこと。「自分を抹殺しようとするエネルギーはものすごいもの。自分が文章を書いているように、学習によってエネルギーを別のものに変形できる。これを自殺で終わらせるのはもったいない」

 「自分には助けられない」と思うと同時に「自殺者をゼロにしたい」とも願う。「きつさ」は何なのか。同じ苦しみを持つ人への関心が、電話を取り続けさせる。 =敬称略  (稲田雅文)

<さかぐち・きょうへい> 1978年、熊本市生まれ。早稲田大卒業後、2004年に路上生活者の住居を収めた写真集「0円ハウス」(リトルモア)を刊行。「TOKYO 0円ハウス 0円生活」(大和書房)で文筆家デビュー。06年にカナダ・バンクーバー美術館で初の個展。11年、「新政府内閣総理大臣」に就任し、その体験をもとにした「独立国家のつくりかた」(講談社現代新書)を刊行した。「徘徊タクシー」(新潮社)「家族の哲学」(毎日新聞出版)など著書多数。

 

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