東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし > 暮らし一覧 > 1月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

<私が選んだ道>(4)平和の瞬間 残していく 子育ての感動を絵本に・石津昌嗣(54)

息子を抱きしめる石津昌嗣さん(右)、晋代さん夫妻

写真

 「モメント イン ピース(平和の瞬間)」。写真や絵本などの作品を手掛けるとき、いつもこのテーマが頭にある。広島市出身。皮膚がただれた被爆者が身近にいて、子どものころから戦後のヒロシマを肌で感じてきた。「平和を感じられる瞬間を切り取り、残したいという思いがずっとあった」

 二十七、八歳のころ、世界を見ようと旅に出た。米国、インド、チベットなどを回り、暴動に巻き込まれたり貧困や病気で亡くなる人たちを目の当たりにした。チベットでは偶然ダライ・ラマに会い、写真を撮る機会にも恵まれた。「武器を持たない闘い方を考え、平和のかけらを残したいと思うようになった」。社会の不条理を感じるたびに、怒りを作品に込めてきた。

 平和への思いを形にしたい。仕事に打ち込むうちに、気が付けば五十歳近くになっていた。書籍をPRする仕事をしてきた妻の晋代(ゆきよ)も四十歳に。そんな妻が突然、「子どもがほしい」と言いだした。共に仕事が忙しく、子どもをもうけようと思ったことはなかったが、これ以上高齢になると、出産できなくなると妻が感じ始めたからだった。これが最後のチャンスかもしれない。仕事はいつでもできると割り切り、納得した。

 妻は三年後に妊娠。五十二歳で父親になった。初めて息子を腕に抱いた瞬間、それまで意識したことのなかった命の重さを感じた。「自分もいつか死ぬんだな、と当たり前のことを実感した」。同時に、この子を残しては死ねないとも強く思った。

 妻は出産後二カ月で復職したため、子育てを引き受けることに。生活が一変した。抱っこひもで子どもを体にくくりつけての生活。編集者との打ち合わせや写真撮影の現場にも息子を抱いて連れて行った。自宅では、哺乳瓶でミルクを飲ませ、離乳食も作った。「とにかく困ったのは泣きやまないこと」

 あるとき、涙にぬれた目の美しさに気が付いた。「何もかもが初めての目に、どんなものが映っているんだろう」。子どもの目に映るものを想像すると楽しくなり、日々の成長に驚き、毎日、変化を書き留めた。

 無事に生まれてきた喜びで満たされ、とがっていた気持ちが優しくなっていった。それまで心を占めていた社会の不条理への怒りが子どもへの愛情へと入れ替わり、世界中の子どもの幸せを自分のことのように本気で願うようになった。創作のアイデアも次々に浮かんだ。

 「子育てをしたら内に入って所帯じみると思ってた。でも全然違って、発信したいことが山ほどできた」。赤ちゃんを描いた本を作ろうと三カ月で仕上げ、絵本「どうして そんなに ないてるの?」(えほんの杜)を出版した。

 「おひさまをつかまえたかったから?」「ありったけのつみきのうみでおよぎたかったの?」…。赤ちゃんが泣いている理由を想像して描いた。モデルはもちろん、息子だ。

 今後も子ども向けの絵本を作っていきたいと考えている。「すぐそばで子どもが転がったり遊んだりしている。そんな手の届くところにある平和の瞬間を残していきたい」 =敬称略

  (花井康子)

 =おわり

<いしず・まさし> 1963年広島市生まれ、東京都新宿区在住。武蔵野美術大卒。グラフィックデザイナーとして勤めた後3年間、海外を放浪。帰国後、写真家、作家、絵描きとして活動を本格化。著書に、小説集「モメント イン ピース」(リトルモア)、写真・小説集「東京遺跡」(メディアファクトリー)、絵本「あさやけのひみつ」(扶桑社)、写真絵本「のら道」(アートン)、写真・随筆集「関西ルインズ」 (東方出版)など。英訳の動画も配信中。インターネットで「どうしてそんなにないてるの 動画」で検索。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報