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【暮らし】

<家族のこと話そう>「焦りはだめ」父の教え フリーキャスター・丸岡いずみさん

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 吉野川が町の真ん中を流れる、自然豊かな徳島県美馬市で生まれ育ちました。両親はともに高校の教師で、子どものころは、同居していた母方の祖母によく面倒をみてもらいました。両親も含めてしつけにはおおらかで、男の子と橋から川に飛び込んだり、のびのびと成長しました。

 報道の仕事にと思ったのは、関西の大学に進み就職を考えるようになったころから。好奇心が強かったのと、父も教師以外では「すし屋かアナウンサーになりたかった」と言っていたので、その影響があったのかもしれません。

 たまたま在京テレビ局の最終近くまで選考に残った縁で北海道の局から誘いがあり、決めていた家電メーカーへの就職をやめアナウンサーに。地元銀行が倒産し慌ただしく取材をしていた最中に、大好きだった祖母が亡くなりました。私は仕事のため駆けつけることができず、大きな後悔となりました。「一人っ子だし、少しでも両親の近くにいなければ」と思い切って退社し上京。日本テレビの中途試験に合格し報道記者やキャスターとして働き始めました。

 人生の大きな転機となったのは、二〇一一年の東日本大震災。報道番組のキャスターとして発生翌日に現地入りし悲惨な現場を寝る間もなく取材するうち、意欲は衰えないのに不眠や発疹など体に異変が現れました。精神の病と分かり、五カ月後に療養を決意。取材経験などから「独りでいると自殺してしまうかもしれない」と思い、休みを願い出た翌日に帰郷しました。

 前日までテレビに出ていたので両親はたいへん驚きましたが、回復までの九カ月間、静かに見守ってくれました。父は農家で自然を相手に育ったため、焦りはだめ、という人生観が身に付いた人。療養中の私が焦っているときに「休むことも生きること」と声を掛けてくれたことが忘れられません。

 夫(映画コメンテーターの有村昆さん)とは、療養の前に共通の友人の紹介で知り合いましたが、私はすぐに徳島に。そんな中、彼は大阪でのテレビ出演後に高速バスで会いに来て、夜行バスで帰京するといった見舞いを続けてくれました。真摯(しんし)な対応に引かれ一二年に結婚しました。

 テレビ局勤務のころは、仕事が楽しく結婚なんて考えてもみませんでした。病気で職を失い存在価値が分からなくなった私でも、ただただ支えてくれる人がいるのはかけがえのないことだと気付いたのです。父は昨年三月、七十四歳で他界しました。祖母のときと違い、手を握りながら見送ることができました。これからは、私を支え続けてくれた家族との絆を大切に歩んでいきたいと思います。

  聞き手・白鳥龍也/写真・坂本亜由理

<まるおか・いずみ> 1971年生まれ。94年北海道文化放送、2001年日本テレビ入社。社内制度を利用し早稲田大大学院修了。10〜11年、同局「news every.」キャスター。昨年12月、体験に基づくうつ病の予防や治療法を解説した「休むことも生きること」(幻冬舎)を出版。

 

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