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【暮らし】

<パパ初育休 口唇裂の子を迎えて>(2)好奇の目? 勝手に感じ、おびえていた

小学校や幼稚園があるのに、なかなか起きてこない3人

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 昨年七月中旬に始まった私(37)の育児休業。妻(37)から期待された主な任務は、エネルギーが有り余る上の子三人の世話と家事だ。家事には自信があったが、単に「できる」ことと、子どもたちの攻撃を受けながら効率的にこなすことの違いを実感させられた。

 育休初日。妻と赤ちゃんはまだ病院だ。朝六時半に起きて朝食を作り、布団にしがみつく小学五年の長女(11)、二年の長男(8つ)を引きはがす。テレビの前で固まる子どもたちに身支度させ、八時までに送り出す。合間を縫って洗濯機を回す。都内の自宅は狭小な三階建てで、洗濯物は四階の屋上に干す。階段の上り下りだけで汗だくだ。

 九時には幼稚園年長の次男(6つ)を自転車で送る。園では、ママたちのまなざしが「誰のパパ?」と好奇に満ちているようで、突き刺さるように感じられた。この日は早速、上履きとプールセットを忘れ、幼稚園と自宅を二往復するはめに。事務職員さんから「分からないことがあったら何でも聞いてくださいね」と優しく声を掛けてもらうも、悲しいかな、何が分からないのかも分からない。

 翌日、出席した保護者会も、男性は圧倒的少数で「アウェー」の雰囲気。何人ものママから「困ったことがあったら遠慮なく言ってね」と温かいお言葉をいただいたが、顔と名前が一致せず、愛想笑いを浮かべるうちにまた消耗する。早く夏休みに入ってほしい…。

 妻と赤ちゃんの入院は、約一週間だった。子どもたちが通園、通学しているわずかな時間を見計らい、病院に通った。赤ちゃんは、上唇が裂ける口唇裂(こうしんれつ)があるため、GCUと呼ばれる回復治療室に入っていた。

 この病気で大変なのが、外見もさることながら、授乳に難があることだ。上手に吸えないため、しばらくは鼻に挿入したチューブからも母乳を入れていた。

 GCUでの面会は両親と祖父母以外は禁止。上の三人の子は生まれてきた弟と早く会いたがったが、退院するまでお預けとなった。代わりにGCUで撮った写真を見せると、外見を気持ち悪がるどころか「かわいい」と、予想外のリアクションだった。

 昔、口唇裂は「兎唇(としん)」とか「三(み)つ口(くち)」と言われ、差別されたと聞く。そうしたこともあって、曽祖母には赤ちゃんの顔を見せることをちゅうちょしていた。でも生後二カ月半で口唇裂の最初の手術を終えた後に、初の対面。そのときの曽祖母に、ひ孫の外見を憂う様子は全くなかった。

 手術前に赤ちゃんに会った上の子たちの友達も、同じ反応だった。「お口どうしたの?」と聞きはするが、「病気なんだ」と答えると「そっか」で終わり。幼稚園で感じた気がしたママたちの視線もしかり。私が「好奇のまなざし」を勝手に感じ、おびえていただけかもしれない。 (山口哲人)

 

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