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【暮らし】

<ともに>認知症 理解深める契機に 白球追い「距離」縮める

試合終了後、野球部員たちと試合を振り返る鈴木泰弘さん(左)=名古屋市北区の八王子中学校で

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 認知症になると、長年親しんできた野球などのスポーツを続けられなくなってしまうことが多い。練習の日時や場所を覚えられなくなったり、ルールが分からなくなってしまったりするからだ。一月中旬、名古屋市北区の八王子中学校で認知症の人たちと同校の野球部員たちが、ソフトボールをして交流した。認知症の人が試合中に戸惑わないように部員たちがさまざまな工夫を凝らし、参加者全員がはつらつとプレーした。 (出口有紀)

 「ナイスピッチ!」。若年性認知症の鈴木泰弘さん(54)=名古屋市中川区=がマウンドから投球すると、部員たちの元気な声がグラウンドに響く。安心したように、鈴木さんが次の球を投げようとすると、部員が走り寄り「ここです」と白線を指さし、正しい位置に誘導。鈴木さんはまた投球に集中した。

 「少しのサポートがあれば、プレーできる。特に若年性認知症の人は、体が元気だし、家にこもってばかりになるのはもったいない」。若年性認知症の人と家族の交流会「あゆみの会」を担当する市認知症相談支援センターの職員で、試合を企画した鬼頭史樹(ふみき)さん(37)は話す。

 鈴木さんは、データベースの作成などをする会社に勤務していた。仕事の約束を忘れるなどミスが続き医療機関を受診したところ、二〇一四年三月にアルツハイマー型認知症と診断され、一六年四月に退職した。

 もともと野球が好きで、地元の草野球チームに入っていたが、チームは野球人口の減少もあり解散。今は日常的にプレーする機会がない。自宅近くのバッティングセンターで汗を流すこともあったが、帰り道に迷ったこともあり、行かなくなった。

 退職後に入会したあゆみの会には、鈴木さんの他にも野球好きな五十〜六十代の認知症の男性がいた。そこで、毎年三月に静岡県富士宮市で開かれる認知症の人と家族、支援者によるソフトボール大会「全日本認知症ソフトボール大会」に参加するなどしている。しかし、活動は日常的ではないため、鈴木さんは「野球のルールは分かるし、体も動くから、もっと野球をしたい」と、鬼頭さんに相談した。

 今回は、あゆみの会の交流会場がある北区役所に隣接する八王子中に声を掛けた。同校では本年度、年間を通し、さまざまな障害がある人との関わり方を学ぶことにしており、同会の提案を即座に快諾した。

 試合当日は、野球部の一、二年生計十九人と認知症がある四人のほか、家族、支援者らも加わり総勢三十五人ほどが二チームに分かれてプレー。部員たちは、「一塁」などと大書したホワイトボードを各塁の近くで掲げ、バットにボールを当てて、一塁でなく二塁に向かって走りだす人がいると「一塁、こっちです」と声を掛けた。試合球は、当たっても痛くない柔らかいボールを使った。こうした工夫は全て、部員たちが知恵を出し合って考えた。

 鈴木さんは三回で計六十球ほどを投げた。ヒットも打ち、出塁すると満面の笑みを浮かべた。「昔ほど球にキレがなくなったけれど、投げ通せたのは、みんなが手加減してくれたから。自分が一番分かっている。でも、楽しかった」。試合終了後、部員たちに感謝を伝えようと、握手する手に力を込めた。

 ホワイトボードで塁を示すことを提案した一年の井筒誠人(せいと)さん(13)は「最初は接しにくいかもと思ったが、話したら親しみやすくてやさしかった」と笑う。顧問の森正佳さん(29)は「認知症の人と距離を縮めるためにどうすればいいかを、自分たちで考える気持ちが出てきたのでは」と、部員たちの成長に目を細めた。

昨年9月に千葉県内であった「RUN伴」で、たすきをつなぐために走る参加者たち=千葉県内で(NPO法人認知症フレンドシップクラブ提供)

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◆スポーツで地域と接点

 認知症になり、スポーツを続けられなくなる人は多いが、認知症介護研究・研修大府センター研究部長で、神経内科医の小長谷(こながや)陽子さん(67)は「今までの生活を維持して、好きなこと、楽しいことをすること自体がリハビリになる。体を動かすスポーツはいい」と話す。一方、認知症の人と一緒にプレーする周囲の人には「病気について学ぶことが欠かせない」と求める。

 小長谷さんは「認知症の人はルールが分からなくなり、守れないことがある。周囲が病気の原因や特性を分かっていないと、サポートは難しい」と話す。特に若い世代には、認知症の人と接したことがない人が多く、理解を深めることが大切という。

 今回のソフトボールの試合では、部員たちは昨年十二月下旬、八王子中で開かれた「認知症サポーター養成講座」に参加した。鈴木さんも今の生活や野球への思いを語り「昔は、最高百二十キロくらいは出た。みんなも出るだろうけど」と笑いを誘った。鬼頭さんは「症状は一人一人違う。様子を見ながら対応を考えると、いい笑顔がたくさん出てくる」と呼び掛け、部員たちの理解を促した。

 講座を受けた部員たちは冬休み中に、皆で楽しめる方法やルールをそれぞれ考え、試合前に話し合った。キャプテンの二年大橋憲慎さん(14)は「身近に認知症の人がいないので、ニュースで徘徊(はいかい)の話題を見て、本当にすぐ物忘れをする人なんだと思っていた。でも、実際に接してみると、多少分からないことがあっても、こちらが声を掛ければ理解してくれた」と話す。

 認知症の人と地域の人がスポーツを通して触れ合うイベントなどは、増えつつある。認知症の人と家族、地域住民らが一緒にたすきをつなぎ、走ったり歩いたりするイベント「RUN伴(ランとも)」もその一つ。認知症の人が暮らしやすいまちづくりを目指すNPO法人「認知症フレンドシップクラブ」(東京都武蔵野市)が企画し、各地の実行委員会と協力して開いている。

 参加チームごとにたすきをつないで他チームと競争するのではなく、参加グループが自分たちの受け持つ距離を走ったり歩いたりして、次のグループにたすきをつないでいく。全区間を参加者全員でたすきをつなぐのが特徴だ。

 二〇一一年、北海道で百七十一人が参加して始まり、開催ごとに参加者が増え、全国各地で実行委が組織され開催されるようになった。一七年は三十三都道府県の三百四十一市区町村で開かれ、計一万四千五百二十一人が参加。その一割ほどが認知症の人だった。

 一グループは三人以上で、施設職員と利用者で参加する例もある。認知症の人も必要なケアや支援を受けながら、決められた距離を歩いたり、走ったりして楽しんでいる。

 小長谷さんは「一回限りではなく、継続的に出掛けられるような場にするのが大事」と言う。同法人理事の徳田雄人(たけひと)さん(39)は「認知症の研修会はよくあるが、当事者との接点が乏しい会もある。認知症の人が本当に困っていることが分からないままでは、暮らしやすいまちにはつながらない」と話す。

 各地の実行委員会の中には、イベントでできたつながりを生かし、認知症の人も一緒に楽しめるソフトボールや登山、コンサートなどのイベントを企画するところも出てきた。徳田さんは「認知症がある人との接点をつくり、地域で暮らす上での困りごとを共有していきたい。RUN伴をきっかけに、各地域で当事者の声を聞き取れる環境が整っていくといい」と話す。

 

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