東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし > 暮らし一覧 > 2月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

<家族のこと話そう>道開く根性は母仕込み フリーアナウンサー・徳永有美さん

写真

 父は金沢の放送局に勤めていました。両親と祖父母、弟二人の七人家族。ここが自分を育ててくれた環境でした。

 大好きだった祖母を亡くしたのは中学一年の時。乳がんでした。父の転勤で横浜に引っ越す時期と重なり、祖母に会いに金沢に通いました。私の勝ち気な部分を育ててくれた祖母でした。「勝たなきゃつまらないよ」と。そんな祖母が衰えていく。悲しいというより、人がいなくなる怖さを知りました。

 一方、母はしつけに厳しい人。整理整頓、料理の手伝いなど生活の面が大事だと言われました。小学高学年の時、自分の勉強机の上を片付けずに学校に行きました。帰ってくると、きれいになっている。でも、母に聞いても無視される。気付きました。慌ててマンションのボイラー室みたいなところに行くと、教科書が全部捨ててある。母からは、片付けるよう、何度も注意されていたのです。泣きながら教科書を拾いました。

 高校では神奈川県有数の陸上部に入りました。しかし父は「家族一緒が大事」との考え。朝練や土日の試合も反対。部活などやめろと言うのです。父は一人っ子で寂しい思いをしたみたいです。「きょうだいは大事」「皆で仲良く」などと恥ずかしげもなく言う。でも、家族の仲がいいのも父のおかげです。

 父が「家族」なら、母は「本を読みなさい」でした。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」と遠藤周作の「わたしが・棄てた・女」が人生を変えたくらいの本でした。苦しい時は本に救ってもらった感じです。

 父がテレビ局勤めだったのでマスコミに興味があり、テレビ朝日に採用されました。英語も何もできませんが、母仕込みの根性でつかみました。母は、私が働くのを喜んでいます。二〇〇五年にテレ朝を辞め、十二年後に仕事に復帰した時も、母は喜んでくれました。二人の子どもの面倒も見てくれます。母の協力なしに働けません。

 子どもがいれば熱も出すし風邪もひく。いろんなことが絶対にあり、仕事で大変なこともでてきます。でも、そういう「わけあり」をつらいままで終わらせたくありません。混乱する時ほど、物事を整理して考えてきた気がします。「わけあり」が大きいほど大事なものがはっきりする。だから「わけあり」は絶対にあった方がいい。何かのチャンスと受け止めて、前に進もうと。

 苦しかった時、「この状況を味わい尽くそう」と決めたことで、「よっしゃ、来い!」と思えるようになった経験があります。子どもたちにも「わけあり」を味わえる人間に育ってほしいですね。

 聞き手・三浦耕喜/写真・池田まみ

<とくなが・ゆみ> 1975年、金沢市生まれ。大妻女子大社会情報学部を卒業後、98年にテレビ朝日に入社。報道からバラエティーまで広く活躍した。2005年にテレビ朝日を退社。主婦となったが、17年にインターネット放送局「AbemaTV」のキャスターを務め仕事に復帰。ラジオ番組などのレギュラーを持つ。2児の母親で、夫はタレントの内村光良さん。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報