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【暮らし】

<ともに>A型事業所の挑戦(下) 「やる気ある組織支えて」

「障害者が働くことを真剣に考えて、制度設計をすべきだった」と話す斎藤縣三さん=名古屋市北区で

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◆Aネットあいち斎藤縣三さんに聞く

 名古屋市北区の「ベーカリーハウスわっぱん」など、同市内の三カ所で障害者就労継続支援A型事業所(A型)を運営する斎藤縣三さん(69)は、A型という制度の問題点を指摘し国などに改善を訴えている。各地のA型で障害者の大量解雇が相次いだ問題からは、国からの給付金頼みで運営し、障害者の仕事は内職などの単純作業ばかりという事業所が少なくないことが浮かび上がった。障害者と健常者がともに継続して働く場をつくっていくには、何が必要なのか聞いた。 (聞き手・出口有紀)

 −A型という制度をどう思うか。

 A型が導入された二〇〇六年以前、障害者が働けるのは授産施設と福祉工場だった。福祉工場では障害者が雇用契約を結んで働き、最低賃金が保証されていた。国の補助金が支払われていたが、全国で最大百カ所ほどしかなかった。補助金があっても障害者を雇って、経営を成り立たせるのは大変だからだ。国もそれを分かっていたのに、〇六年の障害者自立支援法(現障害者総合支援法)施行以降、福祉工場をA型に継承させ、営利企業もA型を運営できるようにしてしまった。

 就労継続支援の「継続」は、一般企業で働けない障害者に就労環境を提供し、社会で活躍する場所をつくり続けるという意味。事業所は、障害者がずっと働ける仕組みと、支援できる人材を作らないといけない。新たにA型に参入した事業者の中には、国の給付金などを目当てに「軽作業で最賃保証」などとうたって障害者を募り、障害者を支援する職員は「時給千円、未経験可」と募集するところもあった。

 そういう経営者は短い時間で労働者を雇い、人件費や光熱費を抑え、自分のもうけを増やすことを考えるだけで、障害者が安定して働くことを考えない。A型は障害者を理解し、仕事をすることで成立する。営利目的で簡単に立ち上げてはいけない。

 −斎藤さん自身がA型をつくったわけは。

 一九七〇年代、大学生のころ、ボランティアで障害者施設を訪問していた。人里離れた山の中の施設で、健常者が先生になり、障害者が規則通りに動かされるのを見て「こんなところに障害者を預けるのはおかしい」と思った。まちの中に、障害があってもなくても一緒に働ける環境をつくりたくて、七二年に名古屋市内で共同作業所を始めた。

 最初は内職や近隣の農家から仕入れた卵の販売などをした。パンの製造に行き着いたのは八〇年代。私が愛知県春日井市のパン店で半年間修業し、中古の機械一式をそろえ、八四年に障害がある人と二人でパン作りを始めた。生協などから引き合いがあり、販売ルートも確保できた。添加物を使わず、手作りするパンは口コミで注文が舞い込んだ。生産量が増えるほど、作業も多くなるし、障害者の仕事を作ることができる。

 −給付金を利用者の給料に充てないようにとの厳格化で「よいA型」は増えるか。

 一般企業などへの就職が難しい人を受け止めようと思うと、事業の利益で給料を払えるようにしっかり稼ぐことが必要。障害者の受け入れと利益の確保を両立させなくてはならないA型は難しい。一生懸命やっているのに赤字で、給付金を障害者の給料に充てているA型もある。

 企業に就職できない人を支える仕組みとしてA型は必要だが、基準を厳格に適用しすぎると、やっていけないA型も出てくる。一つのA型だけで運営するのは大変なので、共同受注、販売の仕組みを確立したい。やる気のあるA型をいかにすくい上げるか、行政にも協力を頼んでいる。

<さいとう・けんぞう> 1948年、津市生まれ。全国で障害のある人、ない人がともに働く事業所でつくるNPO法人「共同連」(名古屋市北区)事務局長。NPO法人「わっぱの会」(同)理事長として、名古屋市などでA型などの事業所計6カ所を運営する。2017年2月に「Aネットあいち」を立ち上げ、前向きなA型が協力する体制づくりに努める。

 

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