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【暮らし】

<家族のこと話そう>認めてくれていた父 お笑いタレント・猫ひろしさん

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 男ばかりの三人兄弟の末っ子で、何かと兄たちの影響を受けて育ちました。小学校に入学したとき、上の兄は六年、真ん中は五年。二人はスポーツ万能で頭も良かったけど、僕はふざけてばかりいて、よく教室の外で立たされていた。それが恥ずかしかったのか、兄たちには家で「また立たされていた」と怒られました。

 それなりに仲は良かったけれど、一日中けんかをしていて母が棒を持って止めにきたこともありました。兄たちとお笑い番組を見ていて、ぼくも好きになりました。怒られたときにおどけてみせると、相手が笑ってしまって許してもらえることも多かった。そんなふうに切り抜けていました。

 お笑い好きが高じて芸人を目指すようになりましたが、両親は反対。特に父はまじめで、サラリーマンでしたので「不安定な職業」と、いい顔をしなかった。でも、テレビに出るようになってから、父の会社の社報に(ネコのまねをする)僕の「ニャー」というギャグをする父が載っていたんです。「猫ひろしのお父さん」として紹介されていた。なんだかんだ言って、認めてくれていたんだと感じました。

 子どものころから長距離走は速かったので、マラソンでロンドン五輪出場を目指し、二〇一一年にカンボジア国籍を取得しました。当時、カンボジアのライバル選手らからかなりバッシングを受けました。そんなとき、父が「頑張りを分かる人もいるから」と言ってくれました。子どもが非難されるのをつらく思わない親はいない。ありがたかったです。

 国籍を変える少し前に娘が生まれました。妻は反対しなかったけれど「もし代表に選ばれたら、カンボジア人の出場枠が一つ減ることになる。そのことをよく考えて、出るからには一位を目指して」と言われました。結局、ロンドンには出られず、次のリオデジャネイロに出場しました。記録は振るわなかったけど、完走できた。家族は僕の姿を探しながら、テレビで応援してくれました。

 今でも年に四カ月くらいはカンボジアへ一人で行って練習しています。その間はインターネット電話などで連絡を取り合っています。小学一年生になった娘に「パパの仕事は?」と聞くと「カンボジア」と答えます。国籍のことはまだ詳しく話してないけれど、何となく分かっているような気がします。

 留守中の育児は妻に任せっきり。それに実は僕、ネコアレルギーなんです。本物は飼えないので、置物などのネコグッズを集めています。五百個くらいあるので「大変」と言いながら掃除してくれている妻に感謝しています。

 聞き手・花井康子/写真・七森祐也

<ねこ・ひろし> 1977年8月生まれ。千葉県出身。本名・滝崎邦明。2001年、フリーでお笑いライブに出演するなど活動を開始し、多くのテレビ番組に出演。11年、カンボジア国籍に変更。著書に「僕がカンボジア人になった理由」(幻冬舎)、「猫ひろしのマラソン最速メソッド」(SBクリエイティブ)など。

 

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