東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし > 暮らし一覧 > 3月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

<家族のこと話そう>季節や心の移ろい学ぶ 詩人・和合亮一さん

写真

 福島市内の山の近くにある古い大きな家で、祖父母と両親、妹と僕の六人で暮らしていました。遊んでいると、ばあちゃんの「ご飯だよー」という声が公園に響く。家族みんなで、いろんな話をしながらご飯を食べました。

 じいちゃんは蔵の奥に本を大切にしまっていて、よく夏目漱石の「坊っちゃん」の話をしてくれました。本を読まなかった僕は「じいちゃんには不思議な友達がいるんだな」と思っていました。小学三年の時、じいちゃんが亡くなり、あまりにも悲しくて、お坊さんのまねをして般若心経を読み始めました。ばあちゃんと一緒に毎晩一時間ほど。意味は分からないけれど、声に出すことで大きな「何か」を感じられる気がしました。

 ばあちゃんとは、父の仕事の関係で中学二年から高校一年まで、二人で暮らしました。ばあちゃんは大正時代の文学少女で、よく詩を暗唱していました。僕は「ばあちゃん子」で、夕食後に二人でテレビのサスペンスドラマを見るのが楽しみという生活。お月見をしながら団子を食べたり、春にはお花見をしたりもしました。

 僕が高校生の頃はバブル時代で、誰もが東京へ行きたがった。僕も早く福島を出たかったけれど、父が病気になり、地元の国立大へ進学。そこで二十歳の時、詩を書き始めました。それまで読書もせず、ふざけてばっかりいたけれど、季節や人の心の移ろいを、いつの間にか家族から教えられていました。

 実家を出たのは、教師になって初任地の南相馬市へ行った時。両親が心配して、よく来てくれました。仕事から帰ると、部屋が掃除されてテーブルにちらしずしが置いてある。思わず「帰っちゃったんだなあ。寂しいなあ」とつぶやいていました。

 だから息子の大地(19)のことも、家を出ないように「夢を持たないように育てよう」と思っていました。かわいすぎたんです。東日本大震災と原発事故の後、妻の敦子(49)と大地が一カ月ほど避難した時は、もう戻ってこないんじゃないかと思いました。震災後は、いろんな家族の別れを見てきました。震災前は「ふるさと」について書いたこともなかったけれど、自分の発想の原点は、ふるさとや家族なんだとよく分かりました。今は福島そのものを家族のように思っています。

 大地は昨春、東京の大学の演劇科へ行きました。寂しかったけれど、僕と敦子も大学の演劇サークルで出会い、今も詩のイベントをしているので、彼がそうした仕事を目指していくのは、自分ももう一回、人生を生き直しているような気分。こうして巡っていくのが、家族なんだなあと思います。

 聞き手・写真 竹上順子

<わごう・りょういち> 1968年、福島市生まれ。高校教師。東日本大震災直後、市内の自宅から連作「詩の礫(つぶて)」をツイッターで発信。3月21〜24日、東京・新宿で和合さんの詩を基にした「詩×劇 つぶやきと叫び」を上演。(問)遊戯空間=電090(8432)8033。4月に「現代詩文庫 和合亮一詩集」(思潮社)を刊行する。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報