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【暮らし】

<家族のこと話そう>“父の背中”追い子育て テレビ朝日アナウンサー・富川悠太さん

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 キャスターを務める「報道ステーション」を終えて、帰宅するのは早くても深夜一時や二時。小学五年の長男と一年の次男がいるのですが、僕が帰ったときにはもう寝ています。

 番組が始まった二〇〇四年から十二年間、現場リポーターをしていたときは、月の半分以上、家にいない生活でした。そんな中で結婚して子どもが生まれました。キャスターになってからも、なかなか家族と触れ合う時間が持てないので、帰宅したら、まず子どもの寝顔を見ます。布団をかけ直して、ほっぺにチュッとしたり、頭をなでて「大好きだよ」って耳元でささやいたりしています。寝顔を見るのが子どもの成長を確認する時間なんです。土日で休みのときも、子どもたちが好きなラーメンを作ったり、バドミントンをして遊んだりして、できるだけ一緒に楽しむ時間をつくっています。

 振り返れば、自分の父親も自動車メーカーに勤めていて、忙しくてほとんど家にいませんでした。でも、休日は全力で触れ合ってくれた。高校まで野球をしていたのも、父とよくキャッチボールをしたのがきっかけでした。

 勉強のことなどできつく言われたことはありませんが、唯一、中学二年のとき、一日十四時間勉強する塾の合宿に行かされました。渋々行ったのですが、おかげで成績がぐっと伸びて、文武両道の高校に合格できた。「せっかく野球を続けてきたんだから、やめずに両立できる高校へ」という思いだったんでしょうね。そのときだけは厳しかったです。

 ただ、自分と同じ仕事に就いてほしいという希望があったようで、大学受験のときは経済学部や商学部を薦められました。でも、僕は決められた人生が嫌だった。真剣に考えて、好きなスポーツに携われるアナウンサーを目指そうと思ったんです。

 そうしたら、二十歳の誕生日に手紙をくれました。「これからは自分で歩んで行くんだぞ」って。当時、父は海外赴任中だったので、口出ししたくてもできなかった。僕が選んだ道を理解して応援してくれました。何よりの後押しでしたし、アナウンサーで入社が決まったとき誰よりも喜んでくれました。

 だから、ここぞというときには父親が導いてくれたんだなって。最近も母とともに「周りの人から応援してもらったよ」と連絡してくれます。昔と同じ気持ちで応援してくれているんだなって。なかなか家にいられないですが、今度は僕が、背中で子どもたちに何かを伝えられる父親でありたいですね。

 聞き手・添田隆典/写真・由木直子

<とみかわ・ゆうた> 1976年、名古屋市名東区生まれ。横浜国立大教育学部卒業後、99年、テレビ朝日入社。「スーパーJチャンネル」や「やじうまプラス」「報道ステーション SUNDAY」などを担当。「報道ステーション」(月曜−金曜午後9時54分〜11時10分)のリポーターをへて、2016年4月からメインキャスター。小学校教員と、中学、高校の体育教員免許も取得している。

 

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