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【暮らし】

「再び歩く」列島縦断へ 報道写真家 石川文洋さん

自宅近くの急坂を上る石川文洋さん。背後の諏訪湖を歩いて一周することもある=長野県諏訪市で

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 報道写真家の石川文洋さん(80)は、四国遍路の途上で体に異常を覚え、心臓治療中に心筋梗塞になった。一時は心停止に陥りながら、退院後すぐに歩行リハビリを始め、八十八カ所の寺巡りを結願(けちがん)。今年夏には北海道から沖縄県まで、日本列島を徒歩で縦断する旅に出る。(聞き手・藤原聡)

 日本人ジャーナリスト十五人が、ベトナム、カンボジアの戦争を取材中に死亡しましたが、うち十二人は友人や知人でした。ベトナムのホーチミンで「解放三十周年」の記念パレードを見ながら「彼らにベトナムの姿を報告し、慰霊もしたい」と思い、四国八十八カ所の寺を巡る旅に出発したのです。

 二〇〇六年二月、徳島県から歩き始め、、愛媛県を旅していた時でした。ある朝、胸が痛くなりました。歩くとまた痛む。愛媛の寺を巡り終え、長野に戻りました。

 それまでも朝方に胸が痛くなることが年に数回ありましたが、少し横になれば痛みは消えました。ところが愛媛から戻った後は、夜中に胸が痛む日が一週間ほど続いたのです。病院の精密検査で、心臓の冠動脈が狭くなっていることが分かり、血管に「ステント」という筒を入れて広げる手術を受けました。

 「二日後に退院」と言われて喜んでいたら、また胸が痛みだしました。脚の付け根からカテーテルを入れる緊急治療が始まったのです。処置の最中、「心臓が止まった!」という医師の声をはっきりと聞き、次の瞬間、意識がなくなりました。

 集中治療室で意識が戻ったのは、翌日の午後でした。医師の説明では、ステントを入れた所に血栓(血の塊)ができて心筋梗塞になり、血栓を吸引している時に心室細動が起きて心臓が停止したということです。除細動器を五回かけて蘇生しました。胸には四角いパッド痕が五つ残っていました。

 心筋梗塞になると、再発を恐れて運動しなくなり、うつ病になる人も多いと教えられたので、退院の翌日からリハビリウオーキングを始めました。わが家は、長野県諏訪湖を望む、標高九百メートルの高台にあります。最初は自宅近くの百九十七段の石段を少しずつ上り、一カ月で往復できるようになったのです。

 次は自宅からJR上諏訪駅までの往復四キロです。初めは下りだけ歩き、四カ月後に上りを始めました。徐々に距離を伸ばし、復路を歩き通したのは退院から半年後です。その後、妻と香川県から遍路を再開。八十八の寺すべてに参りました。

 講演で「命(ぬち)どぅ宝」という沖縄の言葉を使います。命が何より大切だということですね。病気前のように歩き、心筋梗塞になった人を元気づけたいんです。八十歳になって、主に日本列島の太平洋側を再び縦断しようと計画を立てました。準備のために、諏訪湖の周辺を歩いています。

 <心筋梗塞> 心臓の筋肉に酸素や栄養を供給する冠動脈の血流が血栓などによって途絶え、心筋の一部が壊死(えし)する病気。合併症として心室が異常に震える心室細動が起きると、全身に血液を送れなくなり、直ちに除細動を行わないと死亡する。

 <いしかわ・ぶんよう> 1938年沖縄県生まれ。65年から68年までベトナムに滞在し、ベトナム戦争の最前線を撮影した。カンボジアやアフガニスタンなどの戦場、沖縄の写真でも知られる。著書に「戦場カメラマン」「フォト・ストーリー 沖縄の70年」など。

 

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