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【暮らし】

<ともに>伝統産業を継ぐ(下) オンリーワン 未来開く

山桃の木の皮を削る菊地直斗さん(左)に付き添う生田一舟さん=静岡県伊東市で

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 「先生の手を離すなよ」

 静岡県伊東市の一般社団法人「ひかり」代表理事の生田一舟(いっしゅう)さん(50)がやさしく語りかけた。放課後等デイサービス(放デイ)の染色体験。利用者の菊地直斗さん(17)の手をとり、染料にする山桃の木の皮をなたで削った。

 「木、痛いよー(木が痛そうだよ)」。木を心配して声を上げる直斗さんを、生田さんが「よし、上手、上手だよ」と励ます。見守る母の貴子さん(47)は「ここで一生の仕事ができれば」と願う。

 貴子さんは妊娠中、妊娠高血圧症候群を発症。直斗さんは約一三〇〇グラムの小さな赤ちゃんとして生まれた。体の発育も言葉も遅く、重度の知的障害で言葉の理解が十分でない。純粋なままで、周りから「かわいい」「癒やされる」と言われることもある。しかし、約十年前に離婚したこともあり、一人っ子の行く末は心配だ。

 直斗さんは特別支援学校高等部三年。以前から来春の卒業後は、障害者が工賃を得て働く就労継続支援B型事業所で働くことを希望していた。だから、生田さんが昨年七月、B型事業所「梅染工房ひかり」を立ち上げたのは願ってもない朗報だった。

 工房の仕事は、野山に分け入り、染色に必要な木、枝、皮、実などを採集することから始まる。直斗さんは放デイの染色体験でも、ドングリを拾ったり、草木を集めたりと楽しそうに作業していた。

 生田さんは「直斗さんは穏やかだが、集中力がすごくある。何より働こうという意欲があり、戦力になる」と目を細める。自然を感じながらできることも気に入り、直斗さんは来春から工房で働くことにした。

 「自分が死んだ後、子どもはどうなるのか」−。生田さんが工房を開いたのには、こうした保護者の不安を少しでも和らげ、障害のある人たちの「もうひとつの大きな家」をつくりたいという思いがあった。

 僧侶の生田さんは銀行員だったころから、人とお金のかかわりについて問い続けてきた。「現代は、何でも貨幣に換算するグローバル社会。顔が見えず、悪いことをする人が増え、知的障害や認知症の人は簡単にだまされてしまう」

 一方、お金では買えない「助け合い」を大切にするのがコミュニティー。「助け合いがあり、自給自足に近づければ、お金だけに頼らなくて済み、安心感が増える」

 しかし、障害のある人が自立するには、やはりお金も必要。生田さんも「親を頼らず生きていくには、最低月三万円以上の工賃が必要」と考える。

 そんな生田さんの考えに共鳴するように三月、愛知県の服飾雑貨製造卸売会社で天然素材にこだわるブランドを担当する松本雅史さん(44)から、Tシャツなどを染色する継続的な仕事が舞い込んだ。松本さんは「普通の草木染ではなく、古代からの染色法という特徴があり、技術的にも優れている。障害があっても、その人にしかできない仕事を探すという工房の考え方に、高い工賃を支払えるよう協力したいと考えた」と話す。

 この受注で、工房の月額工賃はB型事業所の全国平均の倍に相当する三万円を支払うめどがたった。五月末から東京で始まる展示会に向け、工房で商品の準備を始めている。

 工房で指導する友禅作家の山本晃さん(74)=京都市=は「ここの子どもたちは、すごい才能をのぞかせることがある。それぞれの感性や得意に合った作業を見つけ、互いを生かし合ってほしい」と願っている。 (砂本紅年)

 

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