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【暮らし】

<お湯がつなぐ>(2)乳がん患者の心と肌潤す 長野・華密恋の湯

乾燥や肌荒れを防ぐカモミールエキスを入れた「華密恋の湯」。乳がん患者も通う=長野県池田町の八寿恵荘で

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 浴室のガラス戸を開けると、甘くさわやかな香り。薄く緑がかった湯はとろりと柔らかく、体を芯から温めてくれる。窓の外に広がる景色を眺めていると、心までほぐれていくようだ。

 観光地安曇野に位置し、雄大な北アルプスを一望できる長野県池田町。中心部から山道を上がった標高八百メートルの高原地帯に「ハーブの女王」といわれるカモミール(和名カミツレ)の畑がある。その一角にある宿のお風呂が、カモミールエキスをたっぷり入れた「華密恋(かみつれん)の湯」。観光客や地元の人に加え、乳がんの患者たちが遠方から通う。

 ハーブティーで知られるカモミールは保湿や消炎効果があり、欧米では古くからスキンケアに使われてきた。「肌がしっとりするし、何よりリラックス効果が大きい」。乳がんを患った経験がある美容ジャーナリストの山崎多賀子さん(57)=東京都=は話す。華密恋の湯に出合ったのは六年前。宿を手掛ける会社社長の北條裕子さん(53)が報道陣向けに企画したツアーに参加した。

 右乳房を摘出・再建手術後、再発を防ぐためのホルモン療法をしている頃だった。治療の影響もあり、動悸(どうき)と不安感に襲われることが多かったが、入浴すると自然と心が落ち着いていくのが分かった。カモミール濃度の高いお湯は「まるで美容液のよう」。肌にトラブルのある患者にも効果があるのではと確信し、患者団体のツアーを企画。今も年に一回は訪れている。

 乳がんの場合、術後に傷痕が残ったり、肌が敏感になったり、不眠やイライラなどで心に不調を来すことも少なくない。「『よく眠れた』と涙を流す人もいる。だからこそもっと知ってもらいたい」と北條さんは話す。

 カモミールを使った湯の歴史は約四十年前にさかのぼる。喉頭がんを患った北條さんの父親が、治療法を模索する中で、漢方薬学の研究者からカモミールの効能を知らされ、エキスの抽出を始めたのがきっかけだ。原料のカモミールを手に入れるため、地元で自ら栽培を始めたほか、岐阜県の農家とも契約。花だけでなく葉や茎もアルコールと水に漬け、約三十日かけてエキスを抽出する。一九八二年に初めて入浴剤を製造し、八七年、保養所だった宿の風呂を「華密恋の湯」として開放した。

 その後、地元の一人の乳がん患者が通うように。その患者は、入浴を続けるうちに手術の傷痕がすっかりきれいになったという。その話を母親から聞かされた北條さんが、医療関係者らに紹介して回ったことで各地に広まり、患者らがツアーで訪れるようになった。

 「ツアー参加者の中には、乳房を全摘した後、見るのがつらくて湯船に入れず、宿に来てようやく入ることができたという患者もいた。同じ思いをした患者たちとの裸の付き合いで、悩みも素直に言葉にできる」と山崎さん。宿へのツアーは、患者たちが新しい一歩を踏み出すきっかけになると考えている。

 カモミールの花言葉は「逆境に負けない強さ」。その言葉のように、カモミールのエキスを含んだ湯は、一度は死を意識した患者たちに生きる希望を与えてきた。春先は苗同然だったカモミールは今後ぐんぐん茎を伸ばす。白い花が一面に咲く季節が近づいている。

  文・小中寿美/写真・加藤晃

  (中日新聞)

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<華密恋の湯> 長野県池田町の宿「八寿恵荘」のお風呂。土・日曜は日帰り入浴がある(大人500円、4歳から小学6年までの子ども300円)。アトピー性皮膚炎などアレルギー疾患のある子どもが参加できるツアーも。カモミール畑は「花とハーブの里」としてまちづくりを進める同町の観光スポットになっており、花の見ごろは5月中旬〜6月中旬ごろ。宿へはJR東京、名古屋の各駅から新幹線や特急を使い、長野か松本で乗り換え、JR篠ノ井線明科(あかしな)駅まで約2時間半。宿泊者向けの送迎車かタクシーで約30分。(問)八寿恵荘=電0261(62)9119

 

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