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【暮らし】

「壁は乗り越えられる」 1型糖尿病の元Jリーガー・杉山新さん

1型糖尿病の子どもたちのスペイン行き実現は「本当にたくさんの人に支えてもらった」と感謝を述べる杉山新さん

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 元Jリーガーの杉山新さん(37)は、1型糖尿病を発病後にレギュラーに定着し、チームのJ1昇格に大きく貢献した。引退後の昨年、同じ1型の子どもを励まそうと、スペインのトップチームで活躍する同病のサッカー選手を訪ねる旅に出た。 (聞き手・由藤庸二郎)

 発病は二〇〇三年、二十三歳の時です。だるさが治まらず、四つ目の病院で1型糖尿病と分かりました。血糖は正常値の十倍近く、すぐに入院でした。

 J1の柏レイソルで結果を出せず、J2のヴァンフォーレ甲府に移った直後。1型が生活習慣病でないとは知らず、チームの健診を受けていたのになぜ、という思いでした。

 年末のチームの提示は「契約金ゼロ」。次の契約はないという意味です。練習生としてキャンプに参加できたものの、チームに必要な選手であることを証明できなければ解雇。下を向く暇はなかった。血糖は自己管理できると分かったので、リハビリ中、走るたびに血糖を測ってインスリンの注射量を決めてキャンプイン。何とか契約を更新できました。

 それまでは給料をもらってプレーするのが当たり前でしたが、発病後は一年一年が勝負。自分を見つめ直すことになりました。

 食生活は改め、きちんと三食にする。試合前に軽食を取り、血糖が少し高めになるようにインスリンを打つ。低血糖になると手や舌が震えます。そうしたらすぐスポーツドリンクで糖分を補う。周囲に気配は見せなかった。運動量が自分の持ち味で、倒れたら使ってもらえない。

 〇四年は約二十試合に出場。〇五年はプレーも充実して病気は気にならなかった。四十試合以上に出て、J1昇格を懸けた入れ替え戦は柏が相手。何が何でもと頑張って完勝しました。生涯のベストゲームです。

 啓発に取り組んだのは三十四歳で引退した後、1型の子どもたちと話をする場に呼ばれたのがきっかけです。

サッカースクールで指導する杉山さん。選手たちが将来は海外で活躍してほしいと願う

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 病気のせいで自信のない子がいて、保健室やトイレで注射を打つ話も聞きました。大人で発病した自分も他人の目を気にした時期がある。子どもはもっと大変だろうと。周囲の理解が足りないと感じました。

 自分に何ができるだろう。考えるうち、スペインの強豪レアル・マドリードに十二歳で発病したナチョという1型の選手がいることを知りました。

 世界最高峰のチームの一員としてプレーする姿を見れば、子どもたちもきっと何かを感じてくれる。募金が集まって昨年末、1型の子五人とスペインへ行くことができました。

 ナチョと直接話せたのは偶然です。子どもたちはユニホームにサインをもらってぽかーんとしてましたね。試合では、彼がゴールを決め、スタンドに向けて手でハートマークをつくってくれた。奇跡かと思いました。

 まだまだこの病気には社会の壁がありますが、子どもたちには壁は越えられること、何にでもチャレンジできることを伝えたい。

<すぎやま・あらた> 1980年埼玉県生まれ。99年柏ユースからトップチーム入り。2003年甲府に移籍。攻撃的右サイドバックとして活躍。大宮、横浜FC、岐阜などを経て15年引退。現在はさいたま市のサッカースクールや私立高校でコーチを務める。

<1型糖尿病> 膵臓(すいぞう)の細胞が壊れ、血糖を下げるホルモン「インスリン」が分泌できない病気。生活習慣の影響が強い2型と異なる原因不明の自己免疫疾患。小児から若年での発症が多い。生活で変動する血糖をインスリンの自己注射で管理する。

 

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