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【暮らし】

<家族のこと話そう>「強みを磨け」父の言葉 ダイバーシティ・コンサルタント・渥美由喜さん

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 小さいころから、ぼくは問題児でした。発達障害があるからか、体はよく動きました。三歳の時、地球の果てを見たくて三輪車で走りだし、十時間後に十二キロ先の交番で保護されました。小学校でも、授業中に他のことを考えてしまい、勉強ができませんでした。先生や友達を怒らせてしまうこともありました。

 我慢比べのような子育てだったかもしれませんが、両親はおおらかでした。母はとびっきり明るくて、外では謝ってばかりでしたが、家では「すぐに体が動くのは生きる力があふれているから。悪いことではない。大人になるまでに、好きなことを見つけなさい」と励ましてくれました。

 大工の棟梁(とうりょう)だった父も「出過ぎるくいは打ちにくいから、突き抜けろ。強みを磨け」と言ってくれました。当時、発達障害と思われる職人もいましたが、父は抜きんでた才能をうまく生かして、専門家集団を率いていました。私が提唱している「ダイバーシティマネジメント」、性別や障害にかかわらず、誰もが活躍し、生きやすい職場づくりを実現していたのです。

 小学四年にして、勉強ができない自分に嫌気がさし「自分で何とかするしかない」と思いました。本を読んでも録画するように、記憶できるので、その能力を勉強に生かしました。勉強は好きでしたが、言葉の裏が読めないことがあって、コミュニケーションは得意ではなく、就職後は、会社員の長時間労働の生活になじめませんでした。僕のような人でも生きやすい世の中にしたいと、当時、海外で注目されていたワークライフバランスを研究するようになりました。

 そんな中で、父は九年前から、認知症などを発症して要介護状態になりました。母は十五年ほど前に六十七歳で亡くなったので、父は一人暮らしで、僕が通って介護しています。僕よりバリバリ働くIT技術者の妻(50)との間に、子ども二人が生まれ、そのつど育児休暇も取りました。それほど子ども好きなのに、子育てをすると「できて当たり前」と、子どもを減点評価してしまいがち。長所を伸ばすのは難しいですね。

 でも、小学三年の次男が、一歳半で重い病気にかかって入院した時「家族といってもいつまで一緒にいられるか分からない。だから、最優先にしよう」との思いを強くしました。今は次男は元気で算数が得意な子になりました。長男は小学六年です。僕と妻が仕事で遅くなった時は、子ども二人で好きなおかずを作って夕飯にしています。いまは自活能力がないとパートナー探しに困るかもしれない世の中ですが、二人とも困らないように今から鍛えています。

 聞き手・出口有紀/写真・五十嵐文人

<あつみ・なおき> 1968年、東京都西東京市生まれ。東京大法学部を卒業後、民間シンクタンクでワークライフバランスやダイバーシティーに取り組む企業を支援。現在は東レ経営研究所主任研究員。本紙生活面で2013年10月〜16年12月、コラム「6Kライフのススメ」を連載。内閣府の「地域働き方改革支援チーム」の委員なども歴任。近著は「長いものに巻かれるな! 苦労を楽しみに変える働き方」(文芸春秋)。

 

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