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【暮らし】

<家族のこと話そう>結果求めぬ母の優しさ 元陸上五輪選手・為末大さん

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 八歳で陸上を始め、世界選手権やオリンピックなどに出場しましたが、結果が出ずに挫折を味わった時期もありました。そんな時、支えになったのは「陸上なんて、いつやめてもいい」という母の言葉でした。大学進学を機に故郷の広島を離れ東京に住むようになりましたが、いつでも帰る場所があると思えた。

 母からそう言われたのは、最初の挫折を味わった高校生のころです。初めは短距離が専門で中学三年生の時に、全日本中学校選手権の100メートルで優勝しました。しかし、高校生になると成長が止まってしまった。悩んでいるときに母に「やめていい」と言われ、「なんで自分は陸上をやっているんだろう」と考えた。すると「自分がやりたいからやっているんだ」と気付きました。好きな陸上を楽しんで続けるために、400メートルハードルに転向。世界でもトップを狙える結果が出るようになりました。

 母はスポーツ栄養学の本を読んで食事に気を使うなどサポートしてくれ、試合も毎回来てくれました。親は子どもに期待しがちですが、母は僕に何も求めず、何も強制しなかった。それが究極の優しさであり気遣いだったと分かったのは、僕が父親になってからです。

 広島には三歳の息子を連れて、月一回ほど帰っています。ある時、母に子育てで気を付けていたことを聞いたら「家族の中で上下関係をつくらないこと」と教えてくれました。僕は相手が部活の先生やコーチでも、考えが違うと思えば自分の意見を言って議論してきました。今から思うと、自由で平等な家庭で育ったからだったんでしょうね。

 父は新聞社で働いていて、僕は子どものころ「新聞記者になりたい」と思った時もありました。父も僕の決めたことには口を出さず、そっと見守ってくれましたが、二〇〇三年に食道がんで亡くなりました。五十四歳でした。亡くなる半年前にがんだと分かった時にはステージ4だった。父が亡くなったのは〇一年の世界選手権で銅メダルを取った後で、世間の注目や期待がプレッシャーとなって苦しんでいた時期とも重なりました。

 僕は小学生に陸上を教えていますが、ハードルを怖がって跳べない子から「失敗したら恥ずかしい」という意識を取り去るため、誰も見ていないところで跳ばせることがあります。それでも跳べない子には無理強いしません。一番大切なことは、子どもが自分でスタートを切ってハードルを越えていくことだから。それは、両親から教わったことです。

  聞き手・細川暁子/写真・七森祐也

<ためすえ・だい> 1978年広島県生まれ。2001年、陸上世界選手権男子400メートル障害で日本初の銅メダルを獲得。05年同選手権でも銅メダル。シドニーなど3度の五輪に出場した。子どもに陸上を教える活動などを続けている。著書に「諦める力」(プレジデント社)など。

 

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