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【暮らし】

<家族のこと話そう>ドラマより怖かった母 女優・真瀬樹里さん

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 昨年六月に八十一歳で亡くなった女優の野際陽子と、俳優の千葉真一(79)の娘として育ちました。母が私を産んだのは三十八歳十一カ月。当時の芸能界では、初産の最高齢記録でした。

 陽気な母が私は大好きでした。母は一人娘の私を愛情深く育ててくれる一方で、しつけや教育に関しては厳格でした。勉強やピアノで間違いが続くと、怒鳴るだけではなく手が飛んできます。ドラマの野際陽子よりはるかに怖い教育ママでした。

 芸能活動についてもそう。「高校を卒業するまでは普通の生活を送るべきだ」という母の信念は固く、芸能活動は一切させてもらえませんでした。五歳の時、父が一緒に舞台に出ないかと私を誘ってくれたのに、母は即座にストップをかけました。心底がっかりし、私が演じるはずだった役を別の子が演じているのを見て「絶対女優になってやる」と誓いました。

 中高生のころも、母は劇団に入って勉強することすら許してくれませんでした。いくら言っても分かってもらえないのがつらく、母に対して壁をつくるようになってしまいました。五歳で女優になると決めてからの十三年間、ずっと苦しい気持ちを抱えていました。

 役者になってからも母の厳しい姿勢は変わりませんでした。悩んで弱音をこぼすと、「ネガティブなことを言っている間に、できることをしなさい」と言われてしまう。母なりのエールだったとは思いますが、私は説教する前に気持ちを受け止めてほしかったし、つらいときには思い切り泣かせてほしかったんです。

 そんな思いが爆発したのは、私が三十歳を過ぎ、母が七十歳前後の時でした。ささいな口論がきっかけで、一番甘えたい母に甘えられなくて寂しかった積年の思いを泣きながらぶつけました。母も「苦しい思いをさせてごめん。気付かなくてごめんね」と謝りながら、三十年分抱き締めてくれました。

 以降、母の接し方と言葉が大きく変わり、私も素直になれました。どんな年になっても親子関係は変わるのですね。悩んでいる人がいたら「いくつになっても遅くない」と伝えたいです。

 父に言われて今も実践していることがあります。小学校高学年の頃のバレエの発表会前に言われた「舞台の袖に立ったら何も考えるな」という教えです。「緊張した状態で動きやせりふを反すうしても不安は募るだけ。稽古してきた自分を信じて、全て忘れて立ってろ」。おかげで、舞台に出ていく楽しみだけを見つめることができています。

 聞き手・今川綾音/写真・淡路久喜

<まなせ・じゅり> 1975年、東京都生まれ。殺陣を得意とし、映画「キル・ビル」をはじめ、海外作品でも活躍している。2017年にはテレビドラマ「トットちゃん!」で、実の母親である野際陽子役を演じた。母の一周忌に合わせ、「母、野際陽子 81年のシナリオ」(朝日新聞出版)を刊行した。

 

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