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【暮らし】

成人T細胞白血病を乗り越えて 前宮城県知事・浅野史郎さん

友人から「増えたね」と言われるという髪に手をやる浅野史郎さん=横浜市で

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 3期12年務めた宮城県知事時代には「改革派」と呼ばれた浅野史郎さん(70)。2005年11月に辞めた後は大学教授やテレビのコメンテーターとして活動していたが、血液のがんの一種である成人T細胞白血病(ATL)を発症、その「闘い」を乗り越えた。 (聞き手・諏訪雄三)

 この公園は自宅から歩いて十七分の所です。毎朝一周七百六十メートルの遊歩道を歩いた後に、集まったみんなでラジオ体操するのが日課です。

 ATLを引き起こすウイルス「HTLV1」の感染を知ったのは、知事だった〇四年です。献血の検査で判明しました。ウイルスに感染しても発症率は5%ぐらいと聞いたので、深刻に考えなかった。

 発症を告げられたのは五年後の〇九年五月二十五日。妻に言われ、定期的に検査を受けていたので分かりました。その年は三月の東京マラソンを完走し好調だったんですが…。一時は混乱しましたが、すぐ切り替えました。

 低い発症率なのに自分が選ばれたから悪い運はもう使い果たした。今六十一歳。七十歳を超えていれば厳しい治療には耐えられないはず。ぎりぎりのタイミングでの発症だ。

 運命として受け入れ「病気と闘って絶対勝つんだ」と決意しました。「この先どうなるのか」など余計なことは一切考えませんでした。これが闘病中の精神的安定につながったと思っています。

 翌月入院し抗がん剤治療を受けた後、骨髄移植に移りました。移植を受ける私の方は骨髄液の注入程度で終わりますが、提供するドナーは大変な負担だと知りました。無償の行為に何度も感謝の言葉を口にしました。

 病気については、セカンドオピニオンも聞いてできるだけ理解しようとしました。いい患者になる「患者道」を究めようと。こちらがじたばたしていると、治療する医者らも不安になるでしょ。後々「根拠なき成功への確信」とも表現していますが、前向きにATLと向き合いました。

 退院は一〇年二月です。移植後の合併症の一つ、肺炎でその後二回入院しました。免疫力が落ちているので感染症になると危ない。家じゅうの消毒や掃除などで、妻は大変だったと思います。

 退院後は週に一度、血液検査をしていましたが、それが二週間に一度、今では二カ月に一度です。「異常なし」がずっと続いていて、私は「治った」と思っています。友人にも「最近、髪の毛が増えたね」と言われます。

 私は人生の出来事を運命と受け止めます。病気だけでなく、厚生省(現厚生労働省)に入り在米大使館勤務などを経て「障害福祉課長」となって一生取り組む障害福祉に出合ったこと、現職が逮捕されて辞職した宮城県の知事選に立候補したこともそうです。

 入院前は、気持ちを前向きにするため、大変な仕事の前には必ずジョギングをしていました。再び走れる体に戻すことが退院時の夢でしたが、脚の筋力はなかなか戻りません。「千里の道も散歩から」と歩いています。

<あさの・しろう> 1948年生まれ、仙台市出身。東京大卒。70年に厚生省に入り障害福祉課長などを歴任。93年宮城県知事に初当選。退職後、慶応大教授などを経て現在は神奈川大特別招聘(しょうへい)教授。著書に「疾走12年 アサノ知事の改革白書」「運命を生きる」。

<成人T細胞白血病(ATL)> 白血球の一種、T細胞に感染するウイルス「HTLV1」が原因の白血病。感染経路は母乳、性交渉、安全対策前の輸血。感染者の95%は生涯発症せず潜伏期間も数十年と長いが、発症後急速に進行する場合もある。

 

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