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【暮らし】

<家族のこと話そう>ライバルは双子の兄 名古屋グランパス選手・佐藤寿人さん

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 双子の兄・勇人(サッカーJ2千葉)は、今でも一番のライバルです。小学生のころは休みの日に、住んでいた団地の駐輪場の一角をゴールに見立てて、一日中、兄とシュート練習をしていました。

 シュートを打つのはいつも僕で、兄はゴールキーパー。兄は入っていたチームでは中盤でしたが、好きでキーパーをやっているんだと思っていました。でも、いま振り返ると、僕のわがままを理解してくれた優しさだったのかなと思います。あの練習は、ストライカーとしての僕の原点でした。

 ただ、成長するにつれ、兄とは距離ができました。二人とも中学でJ1市原(現J2千葉)のジュニアユースに入りましたが、兄はポジションを替わったり、もがいていました。やがて、サッカーから心が離れ、高校二年の秋、「サッカーをやめる」と言いだしました。寂しかったけれど、僕自身、練習についていくのに精いっぱいで、何もできませんでした。それだけに、その年の暮れ、僕が出場したユースの試合を兄がテレビで見て、「もう一度、やりたい」と戻ってきたときはうれしかったです。

 僕が励まされることもありました。兄と僕はJリーグ史上初の双子選手としてプロデビューしました。しかし、二人とも出場機会が増えず、生き残れるか苦しみました。そのころ、兄がよく僕の家に来たり、練習場に行く車の中で相談に乗ってくれたりした。プロで結果が出ない状況が、距離を再び縮めてくれました。

 兄弟という関係を超えて、サッカー仲間だから分かり合える部分があるんだと思います。プロでは最初の二年間しか一緒にプレーしていませんが、その後も頻繁に連絡を取り合って互いのチームや家族のことなどを話しています。

 昨年、広島からJ2降格が決まっていた名古屋に移籍する際も、兄に相談しました。千葉もJ1再昇格を目指すチーム。僕が名古屋に行けば、兄のJ1昇格の妨げにならなければならない。実際、J1昇格を懸けたプレーオフ準決勝で、直接対決することになりました。そのときだけは試合までの一週間、互いに連絡を絶ちました。自分か兄のどちらかは昇格の道が閉ざされるというのは、複雑というか、苦しい思いでした。

 でも、試合後、兄から「グランパスの方が強かった。決勝も勝って、J1に戻って」と声を掛けられました。J1に復帰できない悔しさを押し殺して、背中を押してくれた。そういう優しさが、兄らしいなと思いますね。

 聞き手・添田隆典/写真・鵜飼一徳

<さとう・ひさと> 1982年生まれ、埼玉県春日部市出身。2000年、サッカーJ1の市原(現J2千葉)でデビュー。C大阪、仙台を経て05年、広島に移籍。12、13、15年にリーグ優勝。12年にJリーグMVP。17年に名古屋に移り、主将としてJ1復帰に貢献。現在、J1通算161得点で歴代2位。日本代表としても31試合に出場。

 

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