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【暮らし】

<この夏 食の風景>(3)長野・限界集落の食堂

地元の人たちが集う、元精米所を改装した「食堂かたつむり」=長野市で

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 コンビニはない。自販機もない。人も車も少ないので、信号もない。そんな山奥に、「食堂かたつむり」はポツンとある。

 長野市のJR長野駅から車で約一時間。食堂があるのは、同市信州新町の「信級(のぶしな)」という地域だ。七十世帯、約百四十人が暮らす。高齢化が進み、五十年前と比べ八百人近く減った。六十五歳以上は半数以上。いわゆる「限界集落」だ。

 七月中旬の晴れた日。食堂に朝から住民がぼちぼちと集まった。ビールだけを飲む人も。夫の軽トラックに乗せてもらってきた越山たき子さん(80)は、畑のキュウリを差し入れた。「こーんな、なーんもねーところに、店ができるなんて、誰が思ったか」。他の客とのおしゃべりが弾んだ。

 食堂ができたのは昨年五月。信級生まれの寺島純子さん(59)が開いた。三歳まで信級に住んでいたが、家族で県内の別の地域に転居。東京の大学を出て長野市で出版社を起業した。二〇〇〇年、お墓参りでよく訪れていた信級の全戸を訪ね、写真集を作った。「人がどんどん減っていく」。お年寄りたちの嘆きを聞き「このまま集落を消えさせてはいけない」との思いが募った。集落には店が一軒もなく、誰も財布を持って歩いていなかった。「人が集まり、お金を使う場ができたら活気づくのでは」。食堂を開く夢が広がった。

 一六年、長野市が中山間地で事業を始める人向けに出している補助金に応募。三年で約九百万円を受けられることに。地元の人に相談すると、元精米所の古い建物を、持ち主が月三千円で貸してくれるという。長年倉庫として使われていて、屋根は雨漏りしていた。

 そもそも信級には上下水道が通っておらず、各戸は山のわき水を引いて使っている。水が出るようにするだけでも時間がかかった。

 地元の人たちも内装を手伝ってくれ、一年後にオープン。「のろのろ、かたつむりのように、進んでいきたい」。店名は、そんな思いで寺島さんが付けた。

 店は火〜土曜日の昼前から夕方まで営業。地元の主婦らが作るランチは七百五十円。メニューはフキなどの山菜を使った定食や、イノシシ肉のカレーなどで、ほとんどの食材は、地元の人たちの差し入れだ。お酒も飲めるが、ノンアルコールビールに梅シロップが入った「梅ビール」も人気。金曜は夜まで営業し、泊まることもできる。

 店には日に十人ほどがやってくる。高桑近江さん(71)は店の常連。東京出身で約十年前に自然豊かな信級が気に入り夫と移り住んだ。畑を耕し、自給自足の生活を送ると、都会では味わえない充足感が得られた。夫は六年前にがんで他界。今は一人暮らしだ。「店に来て地元の人と話すと、信級に溶け込んだ気がする」

 信級で生まれ育った石坂雄一さん(66)は畑の野菜を毎日、差し入れる。約十年前、徐々に体が動かしにくくなるパーキンソン病になり仕事を辞めた。一人暮らしで、今年三月には腰を痛めて入院。元気になった今は、食材を提供する代わりに、昼ご飯は食堂で食べさせてもらっている。「地元の子どももよく食堂に来るし、ここに来ると、張り合いが出る」

 食堂はお盆も開く予定だ。信級を離れた人がお墓参りに来たり、うわさを聞き付けて、都会から若者が来たりするからだ。「ここはみんなで作る店。誰もがふらっと入れる食堂」と寺島さん。限界集落に、もうすぐにぎやかなお盆が訪れる。

  文・細川暁子/写真・野村和宏

  (中日新聞)

 ※次回は八日に掲載します。

 

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