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【暮らし】

<この夏 食の風景>(5)鹿児島・そうめん流し

初めてのそうめん流しで盛り上がる香港の学生たち=鹿児島県指宿市で

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 石段を下るにつれ、空気がひんやりしてきた。渓谷を流れる水の音、観光客の歓声が、だんだん近づいてくる。木立を抜けて視界が開けると、ずらりと円卓が並んでいた。

 人々が囲むのは、卓上で流れるプールのようにグルグル回る「そうめん流し」。真っすぐの竹筒を使う「流しそうめん」ではない。鹿児島県では、そうめんは回るもの。指宿市(旧開聞(かいもん)町)のここ「唐船峡(とうせんきょう)」が発祥の地で、市営のそうめん流し施設だ。毎年、市の人口の五倍近い約十九万人が訪れる。民間のそうめん流しも二店舗併設しているが、お盆などの繁忙期は九十一台の円卓が全て埋まり、一時間待ちも珍しくない。

 「地元の人たちは『ハレの日』に来る。最近は二割が外国人で香港からがほとんどです」と支配人の井手久成さん(59)。香港からの学生四人組は「インターネットで見てどうしても来たかった。日本はスシも麺も回るんだね」。思いの外速く回るそうめんを、笑い転げながら箸先でキャッチ。九州特有の甘いだしで味わう。余った麺はすぐ横の沢へ投げ込む。コイやニジマスが飛び付く姿に子どもたちも大喜びだ。

 唐船峡の前身となる国民宿舎は一九六二年、湧水を使って「流しそうめん」を始めた。だが竹筒のカビに悩まされ、常に上からそうめんを流す人が必要で手間もかかる。当時の町助役・井上広則さんが「そうめんを流す人も一緒に食べられるように」と業者に製作を持ち掛けたのが「回転式そうめん流し器」だった。

 開発に取り組んだのは、鶴丸機工商会(鹿児島市)創業者の故・久保兀(たかし)さん。長男で二代目の健市さん(63)は「たらいの水が渦を巻くのをヒントに作ったそうです」と話す。

 唐船峡の敷地内で一秒に一トン湧き出る水は、環境省の「平成の名水百選」にも選ばれている。この清水を給水管で送り、モーターは使わず自然の圧力で円形の流し器に勢いよく噴射して水流を発生させる。湧き水の透明度と、ビールを冷やせるほどの冷たさを生かすため、水はためない“掛け流し式”。そうめんまで流れ出さないように排水の仕組みに知恵を絞った。その原型は今も変わらない。

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 よく見ると、流れが通常とは逆の、時計回りの流し器があった。「それは左利き用。ユニバーサルデザインってやつです」。健市さんがにやりと笑う。「利き手がどっちでも一緒に食べられるように」時計回りと反時計回りの二重回転式も考案した。キャンプなどで楽しめる携帯型、流し器を焼き肉プレートに交換できる夏冬兼用型もあり、計十一種類に上る。

 「子どもの頃、おやじはあちこちのそうめん流しに連れて行ってくれ、みんなが笑顔でそうめんを囲むのをうれしそうに眺めていた。僕にも見せたかったんじゃないかなあ」。思いは健市さんに受け継がれた。

 そうめん流しは一大観光産業となった。今、県内ではおよそ五十店舗で回るそうめんが楽しめる。流し器は社員二人との受注製作だが、隣の宮崎県をはじめ、じわじわと北上を続けている。近年は関東からの引き合いもあり、中国浙江省のテーマパークにも納入した。

 グルグル回るそうめんをみんなで囲む。そんな光景が、いつか世界中で見られるかもしれない。

 ◆指宿市営唐船峡そうめん流し=電0993(32)2143。年中無休。

  文・写真 山田育代

  (西日本新聞)

  =おわり

 

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