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【暮らし】

<Life around the World>変わるお墓の形

 故人や先祖に思いをはせる機会が増える8月。墓参りをして、感謝や供養の気持ちを示した人も多いだろう。弔い方は、その国・地域の風土や歴史、宗教と密接に関わる。ところが最近は、世界的に墓事情が変わりつつあるという。何が起きているのか。

紙銭を燃やして神と故人にささげる人々=台北近郊で

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◆台湾 「1人1つ」から「一緒に」

 台湾を旅すると、山の斜面に遠目には小さな家がぎっしりと立っているような景色に出合う。近づいてみると家ではない。台湾の霊園だ。墓参りは一般的には年に一回、旧暦の春分から十五日目の清明節(今年は四月五日)。この日は政府が決めた休日で、ほとんどの台湾人は故郷に帰って墓参りをする。

 清明節以外に墓参りすることはめったにないが、最近、母親を亡くした友人から「破土をするから一緒に行かないか?」と誘われた。台湾の墓は一人に一つだが、最近は墓を開け、追加埋葬することが多い。これが「破土」だ。友人の霊園の地価は坪(三・三平方メートル)六十万台湾元(約二百二十万円)。一区画最低でも十坪あるから、二千万円以上。追加埋葬が増えるのは無理もない。

 台北から車で約一時間、新北市淡水近くの山の斜面のお墓に、友人の父親が眠っている。まず線香をたいてお参り。墓の一角には「后土」と書かれた小さな石がある。これは土地の神様だ。ここにもお参りし、次いで紙銭を燃やす。金色の紙銭は天上の神に、銀色は故人のために。そして削岩機で大理石のふたを壊す。その際、遺族は墓に背を向ける。ふたを開け、取り出した骨つぼは納骨堂で保管し、墓の修復後、母親の骨つぼと一緒にあらためて埋葬する。

 清明節の墓参りは「掃墓」ともいう。お墓の大掃除だ。掃除が済むと鶏の卵の殻やエビの殻をまく。殻を破ってヒヨコが生まれるように「再生」を祈るのだ。掃墓を終えると墓場は再び静けさを取り戻すが、そうとは限らないと霊園の係員は笑って言う。「なぜ?」と聞くと「墓場は別名、夜総会(ナイトクラブ)とも言います。夜になると赤や青の火の玉が飛び交うから」。 (台北・迫田勝敏、写真も)

故人をしのんで公園に設置されたベンチ。背もたれに名前や生没年を記したプレートが付いている=ロンドンで

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◆英国 故人しのぶメッセージ

 ロンドンの公園でベンチに腰掛けると、背もたれに小さなプレートが付いていることがほとんど。人名と生没年とともに「すばらしい父でした」などと短いメッセージも添えられる。緑を眺め、会ったことのない故人に思いをはせる。

 記者が住むロンドン西部のイーリング区担当者に尋ねると、遺族は鉄製ベンチで千四百五十ポンド(約二十一万円)、木製で九百五十ポンドを払えば設置できる。近辺のお墓の相場は二千七百〜五千四百ポンド(墓石は除く)と高額。「お墓代わりにベンチを設置する人も多いのでは」と担当者は話す。

 故人をしのぶにはこの上ない方法だが、ベンチの下に骨つぼを埋めるわけではない。英国人は遺灰をどうしているのか。「多くの人は単に火葬して散骨しています」と、お骨の扱いを請け負う会社を経営するリチャード・マーチンさん(50)は説明する。

 土葬が主流だった欧州でも、宗教の縛りが緩い英国では今や約四分の三が火葬。実利性を重んじる英国人は「墓は手間がかかり、家からも遠く、面倒だと考えがち」といい、納骨場所の確保にこだわる人は少数派のようだ。

 マーチンさんによると、英国の火葬場には慰霊の庭が併設され、かつてはそこに残してくるのが主流だった。しかし「今は八割方の遺族は遺灰を持ち帰り、故人を思い出すのにふさわしい場所にまく」という。

 二〇一六年に亡くなった英ロック歌手デビッド・ボウイさんもインドネシア・バリ島で散骨された。散骨方法もここ数年で多種多様に。飛行機や気球だけでなく、打ち上げ花火に混ぜてまく方法も。一方で遺灰を身近に置きたいという人も多く、一部を自宅に保存するほか、庭にまいて記念植樹する人も増えている。 (ロンドン・阿部伸哉、写真も)

骨つぼが納められた納骨堂。2階の棚は扉が透明、1階の棚は扉に名札が付けられている=京畿道坡州市の龍尾里墓地で

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◆韓国 土葬から火葬、自然葬へ

 墓といえば土葬による土まんじゅうが一般的だった韓国では、この二十年ほどで急速に火葬が進み、納骨堂が一般化。樹木葬や芝生に散骨する自然葬も増え、お墓事情は激変している。

 ソウル中心部から車で一時間余、京畿道坡州(キョンギドパジュ)市の緑豊かな山の一角に広がる龍尾里(ヨンミリ)墓地。一九三三年に開設されたソウル市中浪(チュンナン)区の忘憂里(マンウリ)墓地がいっぱいになり、市内で新たな共同墓地をつくるのは難しかったため、六三年にソウル市が整備した。九八年に土葬がなくなり、納骨堂などに埋葬するようになった。

 一見、ロッカールームのような納骨堂は、各スペースに一人ずつ骨つぼを安置。扉に故人の名前などが書かれている。教会などが運営する納骨堂もあり現在、最も一般的な形だが、最近は地域住民らの反対で新たに建設することが難しくなり、龍尾里墓地では樹木葬や自然葬に移行している。

 樹木葬は、松などの木の根元に十二〜三十六人分の骨を埋め、故人の名前をまとめて掲げる。自然葬を含め、契約期間は四十年間で、その後は自然に戻るままに。費用は五十万ウォン(約四万九千円)で、人気の樹木葬は整備が追いつかない状況という。

 韓国では九四年に20・5%だった火葬率が二〇一六年には82・7%に。根強い儒教思想に基づく土葬から火葬への急激な変化はまず、土地不足によって火葬が奨励されたことから始まった。最近は、少子化で子どもが墓の世話をするとは限らず、自然葬が受け入れられるように。龍尾里墓地などを運営するソウル施設公団の李権柱(イグォンジュ)公園墓地管理所長(52)は「土葬の墓で草刈りなどの世話に来る若者は少ない」と指摘。何年も放置され、荒れた墓も少なくないという。「私も子どもが二人いるが、自然葬はいいと思う」と話した。

 (ソウル・境田未緒、写真も)

 

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