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【暮らし】

<家族のこと話そう>衝突経て母と心通う 歌手・ANZAさん

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 ハードロックバンドのボーカルをしています。母とは今も毎日、電話で話をするほど仲が良いです。

 母は南アフリカ共和国の出身。父は長崎出身で遠洋漁業の漁師でした。父が南アフリカに寄港したときに出会ったそうです。私はケープタウンで生まれましたが、すぐに長崎で暮らすようになりました。ただ父が不在がちで、幼いころは日本語があまり話せず、外見のこともあって、よくいじめられました。

 特にひどかったのは、中学校一年で愛知県東海市に転校したときです。その中学校では校則で男子は丸刈り、女子はおかっぱ。私は母の勧めでモデルの仕事をしていたので、中学校で一人だけ髪が長く、先輩から目をつけられました。殴られたり、無視されたり、髪の毛を切られたりしたこともあります。その先輩とけんかして勝つと、ようやくいじめはなくなりました。

 心配を掛けたくなくて母には言えませんでした。登校するふりをして図書館に行ったり、けがの痕も転んだと言ったり。髪の毛は「前からこの長さ」とごまかしました。

 でも、母はさすがにおかしいと感じ、私の同級生に聞いたようです。そして、そんな校則はおかしいと学校や教育委員会に抗議に行き、髪形の規定はなくなりました。後になって友達から「アンザのママのおかげなんだよ」と聞きました。

 しかし、母は何も言いませんでした。聞いたら「わざわざ言うことじゃないわよ」。母は強いと感じました。うまくない日本語で学校に談判に行くのですから。

 中学時代、名古屋でCMを撮影したときに居合わせた芸能事務所の人に誘われ、高校入学と同時に親元を離れて上京。テレビや舞台の仕事をし、二十代でハードロックに出合いました。悲しみや怒りなどの感情も表現できる。やりたいことと感じました。

 しかし、八年ほど前、母とぶつかりました。「そろそろ辞めた方がいいんじゃない」と言われたのです。もっと映画やCMの仕事をしてほしかったみたいです。大げんかになりました。四人きょうだいの一番上だったこともあって言えなかったことや、いじめの過去も含めて全てを掃き出しました。そこで初めて母と本当に向き合えた気がします。納得してくれた母はライブがあれば来るし、CDも聴いてくれます。

 母に連れられてこの世界に入り、以前は母がマネジャーという感覚でしたが、今は仕事のことより料理の話など普通の親子のようになってきたと感じています。感謝しかないです。

  聞き手・寺本 康弘/写真・淡路 久喜

<アンザ> 1976年、南アフリカ生まれ。本名・大山アンザ。15歳の時、NHKのドラマ「中学生日記」でテレビデビュー。ミュージカル「美少女戦士セーラームーン」でセーラームーン役を務めた。2000年からハードロックバンド「HEAD PHONES PRESIDENT」で活動。

 

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