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【暮らし】

<ともに>障害者のアート工房(上) 自分を表現できる場に

三井啓吾さん(左)ら利用者が描いた作品が展示されている「やまなみ工房」。施設長の山下完和さん(右)は「多くの人に見に来てほしい」=滋賀県甲賀市で

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 色とりどりのクレヨンで画用紙いっぱいに円をグルグル描く人、粘土をこねて地蔵の置物を作る人…。滋賀県甲賀市の障害者施設「やまなみ工房」の作業風景だ。同様の施設のほとんどで、商品の袋詰めや工業部品の組み立てといった内職をして、お金を稼ぐのに対して、やまなみ工房では利用者たちが自分の好きな創作をして一日を過ごす。

 「どう? 調子?」。施設長の山下完和(まさと)さん(51)が、茶色の長髪を揺らしながら利用者たちに声をかけて回る。片耳にはピアス。見た目はまるでロック歌手だ。昔はトラック運転手やバーテンダーをしていて、福祉に興味はなかった。施設はもともと父勝也さん(75)が一九八六年に開所したが、山下さんは手伝ったこともなく、父から引き継ぐことになるとは考えてもみなかった。

 そうなったきっかけは、八九年に施設に勤める友人を訪ねたこと。利用者たちが「ジュリー」と駆け寄ってきた。派手ないでたちに、歌手の沢田研二さんと思ったらしい。職を転々とし、生き方に迷いも感じていたころ。他人が自分に興味を持ち笑ってくれたのがうれしかった。「プー太郎みたいな自分を慕ってくれた。『俺って人気者?』と勘違いした」と笑顔で振り返る。

 それから施設で働くようになったが、当時は約十人の利用者がボルト締めなどの作業を黙々としていた。「社会に適応させるため」「自立させるため」。座ろうとしない利用者を座らせ、騒ぐ人を静かにさせるのが山下さんの仕事だった。

 ある時、知的障害がある自閉症の三井啓吾さん(48)が、休憩中に紙に鉛筆で落書きをしていた。いつもつまらなそうに作業している三井さんが、満面に笑みを浮かべているのを初めて見た。その姿を見ながら「自分たちがしていることは、上から目線で障害者を管理しているだけではないのか」との疑問がよぎった。

 勝也さんと話し合い、作業内容をがらっと変えたのはそれからだ。出来上がった作品は、近くのスーパーの一角を借りて一個三百円ほどで販売した。今から約三十年前のことだ。

 しかし、「実用性のかけらもないことばかり。何になるのか」。利用者の保護者たちから、疑問の声も上がった。山下さんは「一般的な価値観で優劣を付けず、障害者が自分らしさを表現できる場所をつくりたい」と説いて回った。施設や利用者をより知ってほしいと、美術館に作品を置いて展示してもらうよう頼んで歩いたりもした。

 現在は約五千平方メートルの敷地に、作業場やギャラリー、カフェなど七棟が立つ。障害者のアート工房として注目され、年間約二千人が訪れる。利用するのは十八歳から七十代の八十七人で、三分の一は障害の支援区分が最も重い6とそれに次ぐ5の人たちだ。彼らの手による作品は、国内外の美術展に貸し出されることもあれば、五十万円以上の値が付くこともある。

 二年前、相模原市の「津久井やまゆり園」で殺傷事件が起きた時、山下さんは自身の力不足を痛感したという。「障害者は何もできないダメな人たちじゃない。そう知ってほしくて活動を続けてきたのに」。しかし、植松聖(さとし)被告が記した手紙が報道されると、全国から反論の声が矢継ぎ早に上がったのに、救われた気もした。「自分との違いや多様性を認めることが豊かな世界をつくり、命を尊重することにつながる」

      ◇      

 多様性や人の個性、人が生み出す物の価値とは何か。やまなみ工房のアートから考える。 (細川暁子)

 

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