東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 暮らし > 暮らし一覧 > 10月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【暮らし】

<ともに>詰め込まない学習塾(中) 息子の死 胸に抱え開塾

出版した絵本を読み「子どもの目線で読んでもらえる絵本にしたかった」と話す伊藤順子さん(右)と俊彦さん=愛知県岩倉市で

写真

 愛知県岩倉市の「元気のでる学習塾」では、遊びが一番、勉強は二番。学習障害などで学校になじみにくい児童三人が、宿題や好きなことをして過ごし、笑顔を広げている。

 主宰する児童文学研究者の伊藤順子さん(59)と夫俊彦さん(66)がこの塾を始めたのは、二人が笑みも、笑う気力も失った時期を経てからのこと。二〇〇九年三月、名古屋大三年だった長男康祐(こうすけ)さんが二十一歳で急逝した。持病もなく、死因は分からなかった。

 近所の道を歩けば康祐さんと歩いたことを思い出し、暗くなった帰り道では、康祐さんが迎えに来てくれた日のことがよみがえった。順子さんは「康祐がどこにでもいる。子どものころ通っていた小中学校にも行けなくなった。亡くなって一年は地獄に落とされたようだった」と振り返る。

 康祐さんの死から半年後、愛読した絵本や小説など二万冊をそろえた「家庭文庫えほんのもり」を所有するアパートの一角に整え、地元の人たちに開放。生前に康祐さんとも相談していた構想を形にした。

 しかし、周囲の人たちを心配させまいと、元気になったように取り繕うことに心は疲弊していった。康祐さんとの思い出があふれる地元を離れたいと思い、家族三人で毎年夏に旅したイタリアに住む計画を立てた。県職員の定年退職間近だった俊彦さんも、退職を一年早めた。「康祐のことがあり、仕事に関心がなくなった。これでは部下たちに悪いと思った」と話す。

 一二年秋、夫妻は悲しみから逃げるようにイタリアのペルージャ外国人大に入学。大学前のアパートを借り、授業の合間には、中世の城塞(じょうさい)都市の面影が残る街並みを巡った。「私たちは、言葉の弱いただの初老の外国人。周りが私たちを知らず、開放感があった」

 現地でできた友人らと交流する中で「gioia(ジョイア)」という言葉を知った。「喜びのシャワーをいっぱい浴びて生きるという意味。子どもの時のように喜びに満ちて、いきいき生きることを、大人になって経験した。悲しみに包まれている時、喜びに出合い、生きていてよかったと思うことが多くあった」と順子さんは振り返る。

 塾を開いたのは、帰国した一五年秋のこと。通ってくる三人とも、学校生活に難しさを抱え、勉強や他人への拒否感も強かったが、彼らのやることを見守った。三人は宿題の合間に、カーテンにくるまって“ミノムシ”になったり、消しゴムのかすを集めて作った「練り消し」を薄くのばし、型抜きして遊んだり。子どもの発想力を感じることも、順子さんと俊彦さんの喜びの一つになった。

 順子さんが今夏、初めて出版した絵本「しっぽがわらう」(三五館シンシャ)も二十年ほど前、たまたま見た子どもの絵が原点だ。ゾウの顔が描かれた画用紙を裏返すと、ちょろんとしたしっぽがあった。「紙の厚さは一ミリもないけれど、ゾウの胴体は子どもの想像の中にある」

 塾でも、子どもたちがこの絵本などさまざまな本を読む。順子さんは「子どもの発想は大人と違う。物語の中に入り込んで精神を解き放ち、日常に帰りたくなったら帰ってくる。康祐もそうだった」と懐かしむ。

 深く強い悲しみは次第に和らぎ、今は康祐さんと日常をともにしている感覚だ。うれしくなる出会いや縁を感じると、康祐さんに語り掛ける。「ありがとうね、私にこういう時間をくれて」 (出口有紀)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報