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【首都圏】

発達障害のピアニスト・野田あすかさん 19日、都内初 銀座でリサイタル

感情を込めて自作の曲を弾く野田あすかさん=東京都渋谷区で

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 発達障害があり、言葉ではうまく伝えられない自分の気持ちを音で表現するピアニスト野田あすかさん(34)=宮崎市=が19日、東京都内では初めてとなるリサイタルを開く。つらかった思いや、周囲への感謝の気持ちをピアノの旋律に乗せてきた。「みんながにこにこするような演奏ができれば」と練習に励んでいる。 (石原真樹)

 九月中旬、渋谷区内の小さなスタジオで、野田さんが自作曲「哀(かな)しみの向こう」を弾き始めた。静かに始まり、途中から雲間から光が差し込むように明るい曲調に展開する。ピアノのペダルは右足で踏むのが通常だが、野田さんは体を少し傾けて左足を使う。大学時代に発作が起きて自宅二階から飛び降りて右足を粉砕骨折し、後遺症があるためだ。

 幼い頃から、他人が考えていることを理解できなかったり、状況判断が苦手だった。中学生の時、引っ越しで環境が変わると、ストレスから自傷するようになり、高校ではいじめに遭い不登校に。「中高時代の記憶はほとんどない」と言う。転校して地元の宮崎大に進学したが、過呼吸発作を繰り返し、二年生で中退した。「頑張っているのにできなくて、怠けていると思われて苦しかった」と振り返る。

 自閉症スペクトラム障害(広汎性発達障害)と診断されたのは二〇〇四年、二十二歳の時。障害が分かってほっとしたといい、「できないことは手伝ってもらおう、できることは人よりも頑張ろう」と決めた。

 四歳で始めたピアノは高校生で地元のコンクールに入賞するほどの腕前だったが、本気で向き合うようになったのは、宮崎大を中退後、宮崎学園短大音楽科の聴講生として田中幸子教授(当時)に出会ってから。

 悲しいことがあると、どんな曲も悲しい曲調になってしまう野田さんを田中さんは「あなたの音はすてき。あなたはあなたのままでいい」と認めてくれた。

 「私は私でいいんだ」。恩師の言葉が自信になり、〇六年に地元のコンクールでグランプリ、〇九年にピアノ界のパラリンピックとされる国際障害者ピアノフェスティバルで銀メダルなどを受賞。地元でリサイタルを開いたり、各地の学校などで演奏活動をしている。

 今も指導している田中さんは「障害でリズムが取りづらかったりするみたい。でも練習量でカバーして素晴らしい音を出す」と話す。

 「発達障害を乗り越えたピアニスト」とよく称されるが、野田さんはこう言って笑う。「障害も、障害が分かるまでの苦しさも、ピアノで表現できるなら忘れたくない。障害を乗り越える気はない。一緒に生きていく」

 コンサートは十九日午後七時から東京・銀座の王子ホールで。自作曲のほか、ドビュッシー「二つのアラベスク第一番」などを演奏する。チケットは全席指定で二千八百円。残りわずかとなっている。問い合わせは、サンライズプロモーション東京=電0570(00)3337。

 <自閉症スペクトラム障害> 知的障害を伴う自閉症や、知的障害はないが特定の物事へのこだわりが強いアスペルガー症候群など、さまざまな発達障害を包括する呼び方。他人の気持ちが読み取れず、対人コミュニケーションが難しかったり、興味や関心に偏りがあるなどの特徴がある。100人に1〜2人いるとされる。幼少時から療育を受けることでコミュニケーション能力の発達を促し、適応力がつく場合もある。

 

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