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【首都圏】

「戦後の船員教育の象徴」 数千人の生徒を指導 日本丸船長の飯田さん

帆船日本丸の帆を動かす舵の横に立つ飯田船長=横浜市西区で

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 「帆船日本丸は戦後の船員教育の象徴。日本の造船技術は戦争を機に発展したので、戦前期建造の日本丸は発展前の造船技術を伝える重要な資料でもある」

 一昨年から日本丸の船長を務める飯田俊夫さん(66)は、国重要文化財(重文)指定の意義を強調する。

 飯田さんは東京商船大(現東京海洋大)を卒業後、航海訓練所(横浜市中区)の教官になり、数千人の学生を指導した。「日本丸は事務所から見える場所にあった」と話し、親しみを抱いていたという。

 二〇一五年六月に船長に就任。一目見て感じたのは「現役の船ではあり得ないほど」の日本丸の傷みようだった。木の板は一部腐食し、外側の水面に接する鋼板はさびが浮いていた。さびを補修するには、ドックの水を抜く必要があるが、十五年以上水抜きをしたことがないという。

 飯田さんは「重文になったからには保存義務が生じる」と気を引き締める。船体の鋼板は直径五センチほどのリベットでつなぎ合わせているが、「大きなリベットを打てる職人は全国にもほとんどいない」。近年、船体の修理は溶接で済ませていたが、重文になれば溶接で許されるかは不透明だ。

 外鋼板の七割、帆を立てる柱、エンジン、居室の調度品のほとんどは一九三〇年の建造当時のままという。これらも将来的には、維持管理が課題になる。「まずは、文化庁と相談しながら今後の修繕の基準づくりをしたい」

 飯田さんは「保存に課題はあるが、重文指定でよりいっそうお客さんを呼び込む船になる」と話す。「帆船日本丸と昨年に重文指定された氷川丸、重文コンビで連携したイベントを開きたい」と意気込みを語った。 (志村彰太)

 

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