東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 首都圏 > 記事一覧 > 4月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【首都圏】

胸に迫った「最後の別れ」 1959〜84年の北朝鮮帰国事業

自著を手に、「帰国者の自由な里帰りを実現してほしい」と語る小島晴則さん=東京都内で

写真

 「北朝鮮は地上の楽園」「栄えある祖国に」などのスローガンで一九五九年から八四年まで続いた北朝鮮への帰国事業を、膨大な数の写真や当時の新聞記事などで再現した「最後の別れ」が、高木書房(東京都北区)から出版された。北朝鮮に渡った約九万三千人の多くは消息が不明になっており、貴重な証言・記録集となっている。(五味洋治)

 著者は、この運動の最前線にいた小島晴則さん(86)=新潟市東区。帰国事業では在日コリアン、日本人妻らが新潟からの船便で北朝鮮に渡った。帰国後には、劣悪な生活環境や当局からの監視、差別に苦しんだ。

 小島さんは、五九年から新潟県の帰国協力会事務局長などとして事業に参加。帰国者の生活ぶりや、送別会の様子、船の出発の光景を三万枚の写真に収めた。

 小島さんの写真の中には、平壌で生まれ、日本でテノール歌手として活躍した永田絃次郎さん=当時(50)=の家族が、船の上から見送りを受けている様子も写っている。

 しかし、小島さんの心には帰国事業への疑問が膨らんでいった。

 「北朝鮮から、私の家に(受信者が通話料を払う)コレクトコールで電話がかかってきたり、手紙が届いたが、生活の困窮を訴えるものばかりだったんです」

 別れのテープを手に、新潟港から離れていく帰国者の表情も「心から喜んでいる人は若者を中心にごく少数。ほとんどの人はひどく心配そうな顔をしていました」(小島さん)

 出版社の勧めでこの三年間写真を整理し、一枚一枚見直して、帰国する人たちの苦悩があらためて心に迫ってきたという。丁寧に資料を集めた本は、六百七十五ページにもなった。税別三千五百円。小島さんは「帰国事業とは何だったのか。日本は北朝鮮とどう向き合っていけばいいのかを考えるきっかけにしてほしい」と話している。

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報