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【首都圏】

<起きて半畳、寝て一畳 元記者の僧侶修行録> (6)交代で食事当番

典座にあたると終日、食事づくりに追われる=名古屋市千種区の日泰寺で

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 「朝四時半に起きて以降、座禅で座った以外は夜まで立ちっ放しの一日だった」。典座当役(てんぞとうやく)と呼ぶ僧堂の炊事当番を初めて一人で任された昨年十一月十日のノートには、こう書き残してある。

 修行僧の多い永平寺(福井県)では、毎日の食事を専門にする役職として典座がある。地方僧堂の日泰寺では、修行する雲水が交代で食事づくりにあたる。

 この日は十七人分の食事を用意しないといけなかった。多少の料理経験はあった。でもこんなに大人数の材料や味付けなど見当がつかず、最初は大変だった。

 肉や魚は使えない。かつお節やニンニクなど、仏法に違(たが)う不如(ふにょ)と呼ばれる食材も同様だ。

 食費も人数にかかわらず一日四千円以内。十五〜二十人の食事をつくるとすると、一人当たり二百円程度の計算になる。朝は粥(かゆ)と漬物、ごま塩だけなので、頂きものの野菜などを使いながら、昼と夜の食事を用意するのが仕事だった。

 初めての典座当役として私が出したのは、昼はとろろかけごはん。夜は根菜類とこんにゃく、厚揚げの煮物、ナスとピーマンのみそ炒め、キュウリのしょうゆあえだった。

 食事中、私語は厳禁なので味に対する反応は分からない。とにかく無事に役目を終え「くたびれたけど、終わったー」と安堵(あんど)した。

 半年間で務めた典座当役は計十五日間。食材を無駄にせず調理することも少しずつ覚えた。

 僧堂では毎月四と九の付く日を「四九日(しくにち)」と呼び、朝の座禅がなく、頭をそったりする。食事に不如を使うことも許される。人気メニューはカレーライスだった。

 (太平寺徒弟・吉田昌平)

    ◆

 本紙記者を五十歳で退職し、覚王山日泰寺(名古屋市)で修行した体験録です。次回は十六日掲載予定です。

 

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