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【首都圏】

<起きて半畳、寝て一畳 元記者の僧侶修行録> (8)座りっぱなしの5日間 明けない夜はない 

年に2回行う摂心では一日中、座禅修行に専念する=昨年12月(日泰寺提供)

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 その日はいつもより一時間早い午前三時半、起床の合図となる大きな鈴の音(振鈴(しんれい))が僧堂に響いた。二月六日、夜九時ごろに就寝するまで一日中、座禅に専念する摂心(せっしん)と呼ぶ修行が始まった。

 摂心とは「心をおさめる、ただす」という意味がある。お釈迦(しゃか)さまが亡くなった日(二月十五日)を前に、集中的に座禅修行が行われ、十日朝まで続く。この間は四十五分間の座禅を一日あたり八〜十回繰り返す。

 摂心は、お釈迦さまが座禅をしながら十二月八日の朝、明けの明星を見て悟りを開いた故事にちなんで十二月にも行われた。終日座禅を続けるのは同じだったが、十二月は三日間だった。

 「前も足腰が痛かったのに、今度はプラス二日間か…」。運悪くというか、氷点下の最低気温が珍しくなくなり、二、三日前から風邪気味で時おりせきが出た。足の痛み、眠気と闘いながら「明けない夜はない」と念じ、ひたすら座った。

 座禅中は三十人近くがいるにもかかわらず、物音一つしない。風で僧堂のガラス戸が寒々しくガタガタと鳴るくらいだ。

 時おり「バシッ」と鋭い音が響く。警策(きょうさく)と呼ばれる木製の棒でまた誰かが肩を痛打された。私も五日間で六回、警策を受け、そのたびに痛みで顔がゆがんだ。

 摂心中、風邪など体調を崩して座禅を中断する雲水も数人。二十代の一人は突然、倒れてしまった。張りつめていた緊張と疲れから解放された最終日の二月十日朝は、とにかくホッとした。

 (太平寺徒弟・吉田昌平)

     ◆

 本紙記者を五十歳で退職し、覚王山日泰寺(名古屋市)で修行した体験録です。次回は二十三日掲載予定です。

 

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