東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 首都圏 > 記事一覧 > 10月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【首都圏】

「命のビザ」に感謝 父の逃避行たどる 米在住マンスキーさん横浜港を訪問

氷川丸を前に、ユダヤ難民だった父の思い出を語るマンスキーさん夫妻=横浜・山下公園で

写真

 第二次世界大戦中、欧州を脱出して日本に逃れたユダヤ難民を父に持つ男性が、父の逃避行の足取りをたどる一カ月半の旅の終着点、横浜を訪れた。父がナチスドイツの迫害から逃れることができたのは、日本人外交官・杉原千畝(ちうね)(一九〇〇〜八六年)が「命のビザ」を発給したから。父が日本滞在後、安住の地・米国へ向かった場所が、横浜港だ。男性は「父を救ってくれた杉原さんに感謝している」と語った。

 この男性は米メーン州在住のデービッド・マンスキーさん(64)。二年前に亡くなったデービッドさんの父ソウルさんは、少年時代に家族四人でポーランドを脱出。一九四〇年八月、リトアニア・カウナスの日本領事館で千畝から日本通過ビザの発給を受けた。翌年、福井県・敦賀に到着。三カ月後に米国へ渡った。

 デービッドさんは父の足跡をたどろうと、妻シーラさん(64)とともに今年八月一日、ポーランド・クラクフから旅を始めた。リトアニアでは、現在は「杉原千畝記念館」となっているカウナスの旧日本領事館を訪問。空路でロシアのモスクワへ行き、父が乗ったシベリア鉄道に乗って、二週間かけてウラジオストクへ。

 船で鳥取県境港市から日本に入り、父が上陸した福井県敦賀市、一時滞在した神戸市、千畝の故郷・岐阜県八百津町などを訪ね、日本の人々と交流した。

 横浜では九月十六日、日本郵船歴史博物館(中区)で、父が横浜から米国に向かった貨客船「日枝丸」について、同館の脇屋伯英館長代理から説明を受けた。

 日枝丸は現存しないが、姉妹船にあたる氷川丸は、横浜港・山下公園で一般公開されている。昨年、国重要文化財に指定された。デービッドさん夫妻は博物館から山下公園に向かい、氷川丸を見学した。

 「父は日本で、人々にとても親切にしてもらったと話していた。私が横浜に来たと知ったら喜ぶだろう」。デービッドさんは氷川丸を前に笑顔で語った。夫妻は同月十八日、日本をたった。 (榎本哲也)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報