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【首都圏】

「ビュールレ展」の源流(中) 失敗と成功 積み重ね

ビュールレが購入してしまったゴッホの自画像の贋作。2017年にスイスのエルミタージュ美術館で展示された(日本では展示されない)

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 個人が美術品を収集し、展示すること。それはリスクと隣り合わせでもある。

 「ひいき目に見ても素晴らしい審美眼だった」(孫のクリスチャンさん)と言われるビュールレだが、贋作(がんさく)をつかまされたことがある。その一点はゴッホの自画像。クリスチャンさんによると「直前のオークションで真作を競り負け、別バージョンだと焦って買ってしまったらしい」。

 一方で、一九五〇年代初頭にはモネの「睡蓮(すいれん)」を破格に安く購入している。当時、「睡蓮」のように巨大な壁画は装飾芸術として軽んじられていた。まさに審美眼が生きたわけだが、こうした失敗と成功の積み重ねがコレクションの礎になっている。

 さて、没後の二〇〇八年に訪れた危機は「考えられる最悪の出来事」(美術館を管理する財団のルーカス・グルーア館長)だった。間もなく閉館という日曜の夕方、スイス・チューリヒの住宅街に立つビュールレ美術館に武装した男たちが押し入った。学芸員に銃を突きつけ、ゴッホ、セザンヌ、モネ、ドガの四作品を強奪した。

 当時の共同通信の報道によると、被害額は約百七十五億円。市警の担当者は「美術品の盗難としては欧州で最大規模の事件だ」と述べている。

静かな住宅街に立つ旧ビュールレ美術館。2015年に閉館した

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 幸い全ての作品を取り戻せたが、セザンヌの「赤いチョッキの少年」が見つかったのは事件から四年後、一千キロ近く離れたセルビアの首都ベオグラードだった。逮捕された容疑者四人は国際強盗団の一味だった。

 警備費用の増加は個人美術館には負担が大きかった。この事件を機に、一五年、美術館は閉鎖された。コレクションは二〇年に地元のチューリヒ美術館に移管されることになっている。

 (森本智之)

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 「至上の印象派展 ビュールレコレクション」(東京新聞など主催)は東京・六本木の国立新美術館で五月七日まで。「睡蓮」や強奪された四点も展示されている。 

 

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