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【首都圏】

幻の計画「原爆堂」が問う 建築家・白井晟一 原発事故後、再び注目

1955年に発表された原爆堂計画(白井晟一研究所提供)

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 原爆堂。建築家の白井晟一(せいいち)(1905〜83年)が、60年以上前に人類が核の脅威と向き合う場所として構想した。原発事故後、再び注目が集まる幻の計画に焦点を当てた展覧会が来月、東京都内で開かれる。 (飯田克志)

 円筒が支える四角い箱が池の上で宙に浮かぶ。池の周囲には、くの字状の建物やゆがんだ円の形をした広場がある。全体を上から見ると、きのこ雲に見える。

 白井は、太平洋・ビキニ環礁での米国の水爆実験で、遠洋漁業のマグロ漁船が被ばくした第五福竜丸事件に衝撃を受けたことをきっかけに、事件翌年の五五年四月、原爆堂計画を発表。原爆の惨禍を描く丸木位里(いり)・俊(とし)夫妻の作品を展示する場所として提案した。現在も、詳細な設計図や完成予想図などが残っている。

 五五年は、日本で核の平和利用をうたう原子力基本法が成立した「原子力元年」。白井は、作品発表時に「永続的な共存期待の象徴」とメッセージを記した。丹下健三が設計した広島の原爆資料館と対比され反響を呼んだが、その後は建設場所も決まらず忘れられていた。

 幻の計画には、二〇一一年三月の東京電力福島第一原発事故が光を当てた。前年から全国を巡回していた白井の回顧展で、原爆堂計画が紹介されており、著名な建築家が核をテーマに構想した貴重な作品として話題を呼ぶ。

新たにCGで製作した原爆堂の完成イメージ(竹中工務店・白井晟一研究所提供)

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 白井の息子で建築家の白井〓磨(いくま)さん(73)ら有志グループが原爆堂の実現を呼びかけている。「国際的な被ばく医療の拠点としたい」と言う。

 〓麿さんらは「核をはじめとしてさまざまな分断が広がる現代で、白井が願った『共存』の意味を考えたい」と展覧会を企画した。新たに製作した精密な原爆堂の立体映像、完成予想図、設計図などを展示。建築家や劇作家らのインタビュー映像も流す。六月五日〜三十日。会場は「ギャラリー5610」(東京都港区)。入場無料。問い合わせは、メール=info@genbakudo-project.com=で。

<しらい・せいいち> 京都市生まれ。京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大)卒業後、ドイツに留学。哲学者ヤスパースに師事しながら、建築も学ぶ。重厚な印象を与える独特の造形が特徴で、代表作に「ノアビル」(東京・飯倉)「松濤美術館」(渋谷)。芸術院賞受賞。装丁家、書家としても活躍。

※〓は日の下に立

 

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