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【首都圏】

<談論誘発>2年後の東京五輪 日本人の「マナー」 自分の意見はっきりと

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◆国際マナー研究家・畑中由利江氏

 二〇二〇年の東京五輪・パラリンピックまで、あと二年と少し。一九六四年の東京五輪以来、五十六年ぶりの開催で、いま東京を含む会場周辺では、ハード、ソフト両面で準備が急ピッチで進む。

 前回の東京五輪は、アジア初。世界各国から多くの選手や関係者が来訪。観光客も五万人が訪れたという。

 当時、日本人が外国人を見る目は、どのようなものだったろう。「青い目にブロンドの髪」は、われわれと違う。別世界から来た人々という感覚ではなかったか。

 一九七八年に開港した成田空港。入国審査ブースには外国人の意味で、「ALIEN」(エイリアン)と書かれていた。その十四年前の東京五輪である。日本人の外国人を見る目は「異星人」の感覚だったかもしれない。

 前回の東京五輪を迎えるまでは、日本人もあまりマナーがなかった。「ごみはごみ箱に捨てる」とか「たんを吐いたり、立ち小便をしないように」…。東京都が国民に呼びかけたほどだった。

 その後、マナーは改善されて、今やサッカーの国際試合で観客席のごみを拾って帰るのも、日本人だからこそできることだ。レストランでは食事の際にお手拭きを出す。客のために、尻が洗えるトイレの設備投資をする。先進国といえども、ここまでの“おもてなし”は珍しい。

 ただ、日本では「いらっしゃいませ」と、迎えられてもほとんどの人があいさつを返さない。コンビニでは多くがなるべく人と接しないよう店に入るようにみえる。フランスでは、パン屋や高級ブティックでも、店員が「ボンジュール」(こんにちは)と迎えてくれる。客もボンジュールと返す。ちょっとしたことだが、立派なコミュニケーションである。

 現代の日本人は、ごみを拾うといった、目に見えるマナーは身についているものの、人と人を結びつけるコミュニケーションのマナーが弱くなっているような気がしてならない。それが原因で、人と話す時の声が小さく、意見もはっきり言えなくなっているのではないだろうか。

 相手を思う気持ちも大切だが、「イエス」か「ノー」かが言えないと、外国人とのコミュニケーションで、問題が生じる可能性も高い。時には自分の考えをはっきり伝えることも、マナーであることを忘れてはならない。

 五輪という異文化のコミュニケーションを通して、自分の意見をしっかり伝えるマナーを持てるなら、日本人こそが世界を、さらに「美しく」していけると思う。

 1970年生まれ。国連加盟慈善団体「アミチエ・ソン・フロンティエール・インターナショナル」日本支部代表理事。活動拠点はモナコ公国

<1964年東京五輪> 開催は東京を中心に一部埼玉、神奈川、千葉、長野各県。10月10日から同24日まで15日間開催。参加は93の国と地域で、実施されたのは20競技・163種目。全参加選手は5152人で、うち日本代表選手は355人(男294人、女61人)。開会式は、前日の激しい雨がうそのような秋晴れ。実況アナウンサーが「世界中の青空を集めたような快晴である」と表現。各競技の滞りない実施、選手村の管理と運営の素晴らしさなどに各国選手や役員などが驚嘆。戦禍からの復興を世界に示した大会。日本の獲得メダルは金16個、銀5個、銅8個。

 

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