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【首都圏】

原爆の悲劇を忘れない 反戦朗読劇 29日、東京からスタート

「夏の雲は忘れない」(2017年の舞台から)

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 戦後七十三年の夏。広島、長崎に原爆が投下された未曽有の悲劇を語り継ぎながら全国を巡回する朗読劇「夏の雲は忘れない−ヒロシマ・ナガサキ一九四五年」が二十九日、東京からスタートする。戦争体験世代の女優たちが毎年続けている舞台で、渡辺美佐子さん(85)は「戦争をちゃんと見ていたのは私たちが最後の世代かもしれない。悲劇を伝えていく責任を感じる」と話す。 (山岸利行)

 原爆で被害に遭った人たちの手記などをもとに構成された朗読劇は、戦後四十年の一九八五年に「この子たちの夏」として始まり、二〇〇八年からは「夏の雲は忘れない」として再スタートした。

 八五年のスタート時から朗読を続ける渡辺さんは東京・麻布の生まれ。戦争中は家の庭に父親が掘った防空壕(ぼうくうごう)に避難していたが、「焼夷弾(しょういだん)はヒュルヒュル、爆弾はザーザーと空気を切るような音。音を聞いていると本当に怖かった」と振り返り、「食べ物といえば一日一握りの大豆で、ボリボリかじっていた。貧血でふらふらしたこともあったが、よく生きていたと思う」。

 中学に入学した四五年の八月に終戦。終戦時は「母と姉、私の三人で長野に疎開。そこで玉音放送を聞いたが、何を言っているか分からなかった。でも、戦争が終わったのはうれしかった」という。

 その頃、広島に疎開していた同級生で赤いほっぺをした男の子の消息が気になっていたが、戦後三十五年ほどたって、実は「あの日」、爆心地にいたことが分かった。

「若い人に聞いてほしい」と話す渡辺美佐子さん=東京都渋谷区で

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 渡辺さんは「りんごのほっぺ」というエッセーで、同級生のことを「一瞬の閃光(せんこう)の下に焼き尽くされ、この地上から消えてしまっていた。(この消息を聞いて)私は立っているのがやっとだった」と深い悲しみを記している。

 この同級生を思いながら、多くの人に戦争の実態、悲惨さを伝え続けてきた三十数年。「戦争が遠くなるのは仕方ないが、忘れていいことと、絶対忘れてはいけないことがある。ヒロシマ、ナガサキは忘れてはいけない。生命を大事にしたい」ときっぱり。「日本中の若い人、特に子どもたちに聞いてほしい」と呼び掛ける。

 朗読劇「夏の雲は忘れない−ヒロシマ・ナガサキ一九四五年」は、文京区の跡見李子記念講堂(二十九日、貸し切り公演)、さいたま市文化センター(七月十二日、貸し切り公演)、君津市民文化ホール(八月九日)、武蔵村山市民会館(同十二日)などで予定。渡辺さんはじめ、岩本多代さん、大原ますみさん、長内美那子さん、高田敏江さんら十一人(公演では六人ずつ)が出演する。問い合わせは、「夏の会」=電090(8004)1985=へ。 

 

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