東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 首都圏 > 記事一覧 > 7月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【首都圏】

<少年ライフル乱射事件 53年目の真実> (下)最悪の事態、常に想定を

パトカーの陰で、銃砲店(矢印)に立てこもった少年の様子をうかがう警視庁の警察官=1965年7月29日、東京都渋谷区で

写真

 「犯人はどうなった」。数時間に及んだ手術を終えて目を覚ますと、神奈川県警大和署地域課の巡査だった当時二十三歳の菅原紀雄は、ベッドの脇にいた警察官に聞いた。「逃走し、東京で銃を乱射している」。そう告げられ、天井を見つめた。「止められなかった」

 一九六五年七月二十九日、同県座間町(現座間市)栗原で菅原らを襲撃した十八歳の少年は、運転者に拳銃を突き付けて乗用車を奪って運転し、東京・渋谷の銃砲店に立てこもった。店のライフルで警視庁の警察官と激しい銃撃戦を繰り広げ、約二時間後に取り押さえられたものの、警察官や通行人ら十数人が重軽傷を負った。

 菅原は約三カ月ほど入院し、復職。数カ月後、刑事課の先輩から声を掛けられた。「おまえ、拳銃で撃たれても死なないらしいな」。暴力団捜査を担当する「マル暴刑事」としての生活が始まった。

 以来、暴力団組員が二百丁以上の拳銃を密造した事件を解決に導くなど、数多くの実績を上げた。巡査部長、警部補、警部、警視、警視正と順調に昇任しながらも、頭の片隅には常にあの事件のことがあったという。

 菅原が重傷を負うなどした事件以降も、全国で警察官が襲われ、拳銃が奪われている。富山市で今年六月に起きた事件では、殺害された警察官の拳銃が使われて一般市民が犠牲になった。

 富山の事件を受け警察庁は、二〇二〇年に予定していた、拳銃をしまうホルスターの位置を変え、本人以外からは抜きにくい角度にする改善策導入の前倒しを検討している。

 ただ、それで万全というわけではない。富山の事件のように、犯人が刃物で刺すなどした後に拳銃を奪うケースもある。奪取防止策も突き詰めれば、とっさの場面での拳銃使用に支障が出る恐れがある。菅原は「ハード面の改良には限界がある。警察官一人一人の意識を高めるしかない」と説く。

 菅原は現役当時、「常に最悪の事態を想定する」という教訓を肝に銘じていた。犯人を逮捕する際、相手が建物の中にいれば、全ての出入り口に捜査員を配置した。

 五十三年前に少年を逃し、被害を拡大させてしまったのは自らの油断だったとの悔恨が今も残る。そうした経験をしたからこそ、現役の警察官に伝えたい。「一手先には、全く予想もしていないことが起きるかもしれない。市民の命を守るプロとして、失敗は許されない。できる準備を尽くすことを忘れないでほしい」 (敬称略、加藤豊大)

 

この記事を印刷する

東京新聞の購読はこちら 【1週間ためしよみ】 【電子版】 【電子版学割】

PR情報