東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。
世界遺産・ポンペイ展開催中

トップ > 社会 > 紙面から > 1月の記事一覧 > 記事

ここから本文

【社会】

一瞬で未来断たれ スキーバス事故 突然の悲報に遺族呆然

国道に引き上げられたスキーバス。車両の側面が大破し、座席が見える=15日午後、長野県軽井沢町で

写真

 多くの若者の未来が、一瞬で奪われた。スキー場に向かう大学生らで満員のツアーバスが大きく蛇行し、ガードレールを突き破った。長野県軽井沢町で十五日未明、十四人が死亡した事故。「痛い」「早く助けて」。転落、横転した車内で悲鳴やうめき声が響いた。家族は遺体を前に犠牲者の名前を繰り返し叫んだ。若者に人気の「激安」ツアーのバスで、運転手に何が起こったのか。

 春から社会人としての歩みを始めるはずだったのに−。死亡が確認された早稲田大四年、阿部真理絵さん(22)の遺体は十五日午後八時すぎ、父親に付き添われて、さいたま市大宮区の自宅マンションに戻った。父親は「明るい娘だった。希望する会社に就職が決まって、楽しみにしていた」と静かに語った。

 父親は集まった報道陣に「事実を知ってもらいたい」と前置きした上で、「ツアー会社もバス会社も、(遺体)安置所にもわれわれの控室にも来なかった。状況説明も、謝罪の言葉もなかった」と両社への怒りをにじませた。「今はもう、そういう会社のバスに乗せてしまったということが本当に悔やまれる」と唇をかんだ。

 犠牲になった早稲田大四年、田端勇登(ゆうと)さん(22)の東京都渋谷区の自宅には十五日夜、親族らが集まった。

 悲報を知って駆けつけた義兄の大野田貴(たかし)さん(25)によると、田端さんは四人家族。国際教養学部で学び、在学中に米国にも留学。英語を身につけ、将来は海外で会社を経営するのが夢だった。春からは日本政策投資銀行(DBJ)に勤務する予定で、本人も家族もこれからの仕事での活躍を楽しみにしていたという。

 事故はこの日午前九時ごろ、大野田さんの妻で田端さんの姉、加歩(かほ)さん(25)の携帯電話に入った母親からのメールで知った。

 「僕の引っ越しを積極的に手伝ってくれるなど明るく優しい弟だった。つい先日まで楽しく話していたのに、こんなことで亡くなってしまうなんて…」。大野田さんは涙を浮かべ、呆然(ぼうぜん)とした様子だった。

◆春から社会人 明るい子

 東京都多摩市の池田衣里(えり)さん(19)は東海大体育学部生涯スポーツ学科の一年生。テニスサークルに参加し、仲間から「明るく気遣いのできる子」と慕われていた。同じサークルの男子学生(21)は「ショックで言葉が出ない。もっと一緒にテニスがしたかった」と悲しんだ。

 池田さんは高校時代もテニス部に所属し、大学のサークル対抗の大会ではダブルスで優勝するほどの腕前だった。

 同じ学科の女子生徒(18)は十三日に授業で会ったばかりだった。「勉強もまじめにやっていたし、友達も多くて、誰からも愛される子だったのに」と残念がった。

 池田さんはスノーボードをしに行くため、事故のあったバスに友人の女性と一緒に乗っていた。

 千葉県市川市の法政大生、西原季輝(としき)さん(21)の自宅は十五日夜、電気が消え、ひっそりとしていた。近所の主婦小林友子さん(52)によると、西原さんは「会うと元気よくあいさつしてくれる。小柄で日焼けしたスポーツマン」。テニスラケットが二本ほど入る大きなリュックを背負って出掛ける姿をよく見かけたといい、「ショックです」と声を落とした。

 西原さんの母親を知る五十代女性は「中学、高校とテニス部で頑張り、後輩の面倒見もよかった。将来は学校の先生を目指し、塾講師のアルバイトも頑張っていた」と話した。

 東京農工大一年の小嶋亮太さん(19)が入っていた、埼玉県立不動岡高校ラグビー部の顧問藤間禎(とうまただし)さん(47)は取材に「ラグビーをやっている元気な姿しか思い浮かばない」と語った。

 藤間さんによると、小嶋さんは高校一年の時に入部し、大きな体を生かしてフォワードで活躍。縁の下の力持ちとしてチームを支えた。部活の傍らこつこつと勉強し、大学に進学。「物静かで派手なことはやらないけれど、言われたことをやり通すタイプだった」という。

 最後に会ったのは練習を手伝いに来てもらった昨年夏。大学でも続けていたラグビーについて楽しそうに話す姿が印象に残っている。「目が大きくて、きらきらしているんですよ。純朴でくそ真面目で、本当にかわいかった」

 

この記事を印刷する

PR情報